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katka_yg

@ygasea.bsky.social
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併読 タニス・リー通読 z.wikiwiki.jp/katka/topic/3 富野由悠季通読(小説) 周回 z.wikiwiki.jp/katka/topic/1 作業 和歌 utakatanka.jp/kajin/6090

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katka_yg @ygasea.bsky.social · 09/10/2026
Xには表示するから、ブクログではなくてblueskyのほうになにか。今その暇ではないからみない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 09/10/2026
なんでサムネイル表示してくれないんだ。また何か変わったのか……。OGイメージの設定がXでもblueskyでもいちいち投稿意図とちがうのは今頃はもう飽き飽きした
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 09/10/2026
Sabella / Tanith Lee #タニス・リー 1980年。これでも語りきらない アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』(1976)なども最近読み返していて、そんなに年は違わないのにふと気づいた。こちらはSF・ヴァンパイア・ノベル
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/10/2026
リーの『Sabella』がまた強烈な作品なのだが、タニス・リーのこれを読んでないとまずいです、現在に既訳のぶんではリー作品の全容が伝わっていない、それと今のわたしの場所で1990年代頃からの和製ファンタジーの経過を読み合わせると、これらが日本で読まれなかったのはどうやら本当にやばいです……などと叫びたくなるが、それにはわたしが今から翻訳者になって後の半生を翻訳と普及に努めねばならない。したいのは本当だがそれは決死だ… まあ今頃ゲームしてる暇ではなかった。そちらはどこかの切りで抜けてきたい
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/09/2026
Electric Forest / Tanith Lee #タニス・リー 1979年 長くはないのにやはり中断して途中で間が空いてしまった。再開読了。リーの読者には作品年譜的にも非常に面白いと思うけど、現代SFの読者にはややレトロかもしれない
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katkaさんの感想・レビュー
katkaさんのTanithLee『Electric Forest (English Edition) [電子書籍]』についてのレビュー:1979年。タニス・リ...
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 17/08/2026
『∀』はあとで参考書の『平気で嘘をつく人々』も読む。当時の一般書のベストセラーだがわたしは知ったような知らないような……。この興味なら、最初にそれを読んでからこのたび始めればよかったのか
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 17/08/2026
このあとまだ佐藤版の外伝「エピソーズ」があるのついでに読むけど、わたしはもともとアニメのキャラクターのスピンオフ外伝など嫌っているのでそんなに気乗りがしないのだけど、開いたらイラストが鶴田謙二と書いてあって∀には何人のイラストレーターが関与しているんだろう これは読んでしまい、あと、あきまん先生の『月の風』を積んでる。珍しく漫画を積んでいるが半年くらいそのまま
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 17/08/2026
佐藤版・福井版∀併読読了。佐藤版は初読だったが最後のほうどっちにしても福井版と似たような話になり、今だったら「文体の好みの違い」でしかわたしは語ることない。どっちが原典に忠実か!?みたいな興味はさらさらない で、どっちにしてもわたしの今のFT的な趣味の文章ではあんまりないのだったが若干の余談の興味はあってよかった。わたしはアグリッパ・メンテナー氏は結構好きらしい、という前回の話と
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 11/08/2026
しばらくはここに専従している #電子漂流のはなし
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電子漂流のはなし Wiki*
電子漂流のはなし(アンディーメンテ、2026)の攻略データベースです。
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
ヨセフスの『ユダヤ戦記』ならあるし、読み直すにはその方がその気になる。が、もっと古代で今積んでいるし、結局邦訳で読んだだけじゃないか、で自分の心に仕舞い込むためにするものだ
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
アズュラーンを崇めているとはいわない。人間に愛されるようではアズュラーンもおしまいだ
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
この……『クラウディウス』からこのあと『華氏451度』でといかにもまた、わたしは2026年現在の何かの主義か思想に駆られてそちらに走っているかのようで、それはいやだ、と言い訳しなければならない気になる この折にベン・ハーの原作も読んでおけば好都合なのにな。前回その話だった。この70から80年代はある程度その話のくり返しなことは分かってる。それはタニス教、宗教
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
『一方の作業に疲れたらもう一方に移る』という示唆がこの作中にもある 大量の併読書を積んでおいて、少しでも疲れたら閉じて他に移り、次々に読み移っていく。あまりに数が多くなると読了スコアが一向に付かないので病んでくるが、報酬のかぎりなく少ない、不毛作業をするときには基本的には同じ考えだ
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
妙な理由で読み始めた『この私、クラウディウス』がこの数日いちばん熱中して読んでいる。いま巻二十八まで。ティベリウス帝が死に、カリグラが皇帝になった そう書いてもなんらこの小説の面白さは損なわない。リー通読には全然関係なく思えるが、この作中のユーモア感覚は似たものがあるかな
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
東京は「昭和レベルの夏の気温」とかいわれているが、それが正常なことだとはよもや思われていまい。それが正常なら、そのように一時的に正常に近くなったことこそが異常なのだから、いずれこの揺り戻しはさらに過酷な罰となってこの地に降り下るだろう。それは罰なのだと
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
人魚テーマを追う気はとくにないとこないだ言った
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
ジェイン・ヨーレン『三つの魔法』(宇佐川晶子)を開く。挿絵はめるへんめーかー。これは積まない。先に『光と闇の姉妹』を開いてあったのだがまだ1ページも読んでいなかったので、出版順でそちらを今積む。積読にそんな定義があったのか… これはまた人魚本だな。わたしはついさっき『ツバメがヒバリのように鳴いているのを見た』と書いていたが、ちょうど金髪のシアンナはヒバリのようにうたったと書いてある。前者は実話、後者はメルヘン。だから何なのだ?
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
わたしはこの頃、天気や鳥や虫のことを話題にするにも『日本を訪れる外国人に見せたいもの』のような、異界感とかothernessのような気持ちがあって書いているよう。もっとも、巨大で不気味なことでは日本の昆虫よりよその国のほうがよほどでかくて怖いはず オニヤンマの縞模様を説明するのに日本の鬼が虎皮の衣装を着ているという常識の説明が、その文化でない相手に要るだろうか? タイガーストライプド・デーモン・ドラゴンフライだ。ただし、日本人はオニヤンマの名前に鬼ほどの畏怖感は感じない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
道路を渡るときにちらと、路上に大型のトンボの死骸をみとめる。オニヤンマに見えたが、すでに踏まれてひしゃげていたし、一瞥だったからはっきりとはしない。もう一回り小さい種だったかもしれないが、何かしらのサナエ、というほうがむしろ駅前では珍しい ヤンマはそれとしても今日の日付では、まだ夏も早いだろうにスーパーマーケットの前、交番の向かいに墜落死している事情はわからない。わたしは、今年見たのはそれが最初
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 05/08/2026
民家の庭木に賑やかに鳥がたかっている。ヒバリかと思うほど途切れない声だがジー、チュチュという声音自体はツバメのようで、枝葉の陰を上下しているのはやはりツバメのようだった。先日はイソヒヨドリが一羽留まっていたところで、餌箱でも設けているのかと スズメみたいな行動をしてみえるが、近所ではあまりスズメが活発に見えず、むしろヒヨドリがたまにしている。じきに四、五羽の鳥が飛び立っていくのをみるとやはりツバメ。親鳥に引率された子供のイメージだけど、この頃はもうどうかわからない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
基本的にわたしは「虫がたくさん鳴いている」ではなくて「虫の種類が乏しい」という話をしているつもりだが、それはそれとして情緒的な書き方をしてるな 初鳴きは人間との遭遇率だ等はまさに情感のことだ。人間相手でも、街中に暮らしながら一か月の間誰とも会話しない生活をもししていたら、「稀に来るたびクレームの用事」という客の印象がその人にとっての全人類を代表することになる、なども
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
快適なので書籍リーダーを持って歩きにいったのだけど、気持ち上の空になってやめて帰ってきた
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
側の土手は業者さんが草刈りを行ったばかりらしく、通りすぎると強い草の香。スィーチョ、が周りでくっきりと区切って聴こえだす、ウマオイ。樹の上ではアブラゼミが、歌にならないがとりとめない呟きをくり返している 昨日の雨でまだ川の水量がやや多いらしい。水音が高くなったところで、対岸のアブラゼミとそれが混じってクツワムシの群れのように幻聴する。ここら一帯でクツワムシは秋にも聴かない。本当はいるのかもしれないが、聴いた覚えはない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
アオマツムシにしても早いと思う 虫の出始めは川沿いの草地と、街なかの樹上や庭地などでは、間が一区画の距離でも一週間くらい差があっても不思議ではない。というか、地域一帯で仮に一斉に発生したとしても、人間との遭遇率に差がある。言ってしまえは、遊歩道沿いの草むらなら、もしも頻度が低くても当の虫に遭うまでこちらが歩いて行けばいい そんな空想をする間に、エンマコオロギの鳴き声に出会う。けっこう広い一群で鳴いているよう。この日付で鳴いているのは意外だったし、最近エンマがあまり多くなくなっていて、シーズンでもこんなに鳴いていない気がするのだった。アオマツムシの鳴き方バリエーションではないのかとまた疑う
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
関東は涼しい。20時で25度くらいではないのか。今夜あたり、地球上でもっとも夜歩きに快適な地域だといっても過言ではない。川沿いの遊歩道に飽きたら便利な街の通りはすぐそばだ。夜空の色が一様に明るすぎて汚いけどな 熱帯夜を避けていてまたしばらく間が空いたため、新しい虫の初鳴きは観測しない。カネタタキが鳴いていた。コオロギ(ツヅレサセコオロギ)はもうかなり当たり前のようすで鳴いていて今日昨日に突然出現したわけではなさそう ロロロ…というかリュリュ…という、物憂げな声は「カンタンのような」と表現することが例年多いが、あれカンタンではなくてアオマツムシの鳴き方のバリエーションだろうと思っている
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
『この私、クラウディウス』を読んでいると、今その興味のもとだったリーでもグレーヴスでもなく多田智満子さんの他の仕事に興味が上がってきてしまったが今そこまで手を広げようもない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
先程の『深層~』はやはり今ピンしておこうかな。『形ばかりチャンネルにピン留めしていますがあまり読み進んでいません』と正しく言い訳しておかないと、なかなか人目を憚ることでもあるだろう。わたくしこんなことに興味がありますの、ではなあ
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
わたしはその興味ない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
この関心の研究で現代短歌つくるというのは、やはり今ひとつ時代錯誤に思われるだろうが、それもポップソングの歌詞の参考のためにといえば多少はああと頷かれるんじゃないか
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
象徴的アイテムの使い方は、言い方を裏返したり翻したりしても、民族の歴史や言語伝統の積もった意味は語り手個人の「つもり」では覆せないものがある それほど悪意で言ったつもりではなくても、語り手の意図を遥かに超えて重大な責任を求められることがあり、そんなとき「私が迂濶でした」と平謝りにするしか言い訳はきかれない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
『こんな子供の主張は実際聞くに耐えない、見られたものじゃないんですよ』と言いながら見せることはジュブナイルとして好ましい
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
『私はそれほど傲慢ではない』というのは普通、ものすごく傲慢な言い方なので、あえて自分を傲慢に見せようとしてそんな言い方を選んでいるのは、本当は謙虚な人物かもしれない 『このように述べるのは、きっとそれも独善と言われるのは分かっていて言うのだが――』と語り出すのは、独善的な言い方を認めつつそれに苦慮するという態度をひけらかすことで、実際に傲慢な態度かもしれない 『僕たちはせめて謙虚でなければならない』と発言する高校生は文句なく傲慢だ。聞くに耐えない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
福井文がその後どっちに進んでいったのか現在最新事情について興味が湧くような気持ちも、あるけど、今わたしはそれは雑多な興味だ。富野由悠季は「独善的な言い方」について長年ご自分を苛んできたためだろうか、そのコントロールには長けてると思う。それは重要問題だ
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
グエンは傲慢だがディアナはその点まだしも謙虚だからヒロインが正しい。……と、読者目線ではグエンかディアナかではなく「それを裁定するロラン」が淡く上から目線に感じられているが、作者はそれに気づいていないか、無頓着だ(なんだか傲岸不遜な作者だ) というのは、富野信者だから福井アンチになるんだろ、という昔の定説とは少し違うみたい。福井晴敏の文章にはこの頃の作品に続けて同じ悪癖があると思うが、それを気づいて言語化できる読者がいないのでああいう話になるのでは
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 04/08/2026
併読と積読の区別は物理的にそんなにないけど、併せると今でも同時100冊を超える。自己管理のために目につくように留めているという意味、といっていい ∀の小説二作は正直退屈していると認めてもいいんだが、同世代の現代日本SF作家の作品を先に積んでしまったのがきっとまた同じような性格の作者達なので、よけて他に進んでも先でもわたしの感想は変わらないと思う。壁になってるので今読んでしまわないと
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 03/08/2026
チャンネルにピン留めしておいた、永田和宏『象徴のうた』(2019)読了。一度に二章くらいずつ読み進めだったけど読んだ。「平成史」のテーマなら勉強になるとも思う 「平成史」は片山杜秀を今積んでいるけど今それを読んでいない。日本人音楽家のことを読んでいただけで……。別宮貞雄とかの記事のこと。あと、現代短歌については坂野信彦『深層短歌宣言』(1990)をまだ積みっぱなしになっているのを、そろそろ。ピン留めしておけば捗るわけではあんまりない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
『遥かなる波濤の呼び声』読了。今後集中するかどうかともかく、作家の話がすでにかなり長くなったので下に作業室つくる。古本で容易く手に入るものはあらかじめ浚った。グイン・サーガまで行くつもりがないのでどうせ2020年代現在まで行かない。散漫になる だってそれはさすがに本伝を先に馴染んでいくべきで、……わたしはグイン・サーガ前回何年前に一回やってストップしてるんだ。次にもしかするとき、その布石になるといった
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
和歌や富野のほうに行っているから、明後日の方向の影響力だ。タニス読みには役に立っている
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
大瀧啓裕先生じゃないか スミス訳のそれは、原文の音韻についてうるさいことを書いておられて、「日本人にわからない」というならそれでいいじゃないかともわたしは思ったが、「音韻というものはある」ということは最近までわたしのすることに影響に残ったかもしれない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
わたし真面目にラブクラフトだけでも読み返そうかな。ほかで渋滞している今ァ? クラーク・アシュトン・スミスなら三年くらい前に再周したよ。あれは誰訳だったっけ
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
ダンセイニ→ラブクラフトの線は、近年ではクトゥルーの人がダンセイニに遡るのに好んで引用する 手短には、ラブクラフト全集の6巻の解説解題に大瀧啓裕のそれが読めて、 『白い帆船』を皮切りに、独自のダンセイニ風掌篇を書きはじめるようになった。――から、 確かにラヴクラフトの創造神話は、ダンセイニの創造神話にその淵源の一つが認められるが、ダンセイニの創造神話を継承するものではなく、ビアースやチェンバースから学んだ自作の連想を可能ならしめる技法が自家薬籠中のものとなったとき、まさしくプロヴィデンスの作家はアイルランドの男爵をしのいだのである というストーリーを説明している
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
『この私、クラウディウス』はタニス・リーからの経緯。直接関係あるかは、非常に怪しい。1970年代のカルチャーに触れる意味では、楽しい
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Electric Forest #12 かとかの記憶
I, Claudius You, Claudio...というと、"I, Claudius"という響きを反射的に連想してしまう。ロバート・グレーヴス。何か関係があったっけ。以前なんの
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
でも本当はそれが幸福なことなんじゃないかと知っててする。読書というのは、それを読んで何かに使うため、何かになるため、というのは、せめて将来のある子供のいうことである
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
昨日のと、ピンはもう早く読んでしまわないと。『この私、クラウディウス』も。150ページの本の中の些細な一行のために450ページの本を読み返すようなくり返しはそれだけですでにきりがない
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
最近、音楽をまた全然聴かなくなっている。菅野由弘リスニングが90年頃で滞っているが、聴く場所がないんだ
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
サントラ買うのがいいね。映像メディアそのものを購入するより音楽作品をずっと聴いているほうが何年も愛着を保ち続けるには強いらしいのだった。でもこれは、まず主題歌の印象が強いだろうな
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
アニメキャラの顔の汗の表現を深く気にしてはいけない等の視聴慣習が、異民族目線になっていないか怖い。これでそれなら、ほかの現行作品など耐えられそうにないかも。それだけではないだろう
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 01/08/2026
天幕のジャードゥーガル5話をみる わたしは今これはとても楽しみにみているけど、週アニメを一週間に一話みる習俗から今や遠くなっているので、それでも時どき忘れそう
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 31/07/2026
古典になれば300年くらい間があるのに「同時代の文化」と語られかねない。飛鳥時代の30年にどんな違いがあるのかと考えたのがわたしは最近だった
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katka_yg @ygasea.bsky.social · 31/07/2026
わたしらの現代を考えてもいいが、2026年現行作品に対して2023年というと今でもかなり隔絶を感じる。それは1994年と1991年についても当時の読者にも気持ちは隔たりがあるはず それが…2026年からみて、2012年と2015年くらいの違いでもわたしらはすでに「同時頃」と考える傾向にある。なりつつある。同時性についてと、時代錯誤性についてが両方わたしの興味
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