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読書wanwan

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ひたすら読んでます。好きな文章、気になる文章を「文章収集」という見出しをつけて毎日投稿してます。一日一日を気持ちよく過ごすヒントになる文章をなるたけ載せます。(Threads: www.threads.net/@wanwan65537 で本にまつわる話を投稿中)

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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 4h
【文章収集】 「サンマを買った店のおばさんが、砂糖のついた小さいおせんべいを手に一杯つかんで、くれるという。紙もないので断わったが、上衣のポケットにじかにおしこんで入れてくれた。」 (武田百合子『富士日記(上)新版』中公文庫、2019、p.162) * 昭和40年10月6日の日記より。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 04/10/2026
【文章収集】 ――列車の中で生まれ、育つ 「仲間たちと同じように、わたしはこの列車の中で生まれ、育った。わたしの人生はこの列車にある。それがどんな姿をしているのかはわからない。だが、同じ方向に平行して走るもう一つ別の列車を観察することで、その姿を想像することはできる。」 (エリック・ファーユ「列車が走っている間に」、『わたしは灯台守』松⽥浩則訳、⽔声社、2014、所収、 p.15)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 03/10/2026
【文章収集】 「女の人に物をおくるということは、たいへん嬉しいものである。ほれているとか、ほれていないとかいうことは問題ではない。ちょっとした好ましい人とか、きれいな人であれば何かのお礼心に物をおくる機会があって、その品物をえらんだりする気分は、なかなか得難いおんがく的なものである。」 (室生犀星『随筆 女ひと』岩波文庫、2009、p.9)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 02/10/2026
【文書収集】 「一瞬のうちに、太陽が雲に隠れて世界の見え方が変わった。いま歩いている道も、あたりの樹木も、やわらかみを帯びた。」 (エリザベス・ストラウト『海辺のルーシー』小川高義、早川書房、2026、p.144)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 01/10/2026
【文章収集】 ――死んでいると認識したうえで生きる 「一六八六年、ジュネーブの医師家系の三代目にあたるテオフィル・ボネは驚くべき話を語った。舞台はコペンハーゲンである。  ある高齢の女性が脳卒中に見舞われて半身不随となり、言葉を話せなくなった。四日後には容体がいくらか回復し、みな安堵した。しかし、話す力を取り戻した女性は、娘と使用人に奇妙な頼みごとをする。戸棚に用意してある死に装束を自分に着せて、棺に納めてほしい。彼女が言うには、なぜなら、自分は「もうすでに死んでいる」から。」
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 30/09/2026
【文章収集】 「傍から見たら、ベンヤミンはただ B・N の閲覧室で、借りた本の一節をノートに「書き写して」いるだけのように見えても、本当のところは、彼は、そうすることで「興味深い表題をもつ作品を、購う金がないために、全部自分の手で書くという方法によってつぎつぎと手に入れ」ていたのである。」 (鹿島茂『『パサージュ論』熟読玩味』青土社、1996、p.43) * B・Nとはビブリオティック・ナシオナル(パリ国立図書館)のこと。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 29/09/2026
【文章収集】 「もし、念仏ものうく、読経まめならぬ時は、みづから休み、みづから怠る。さまたぐる人もなく、また、恥づべき人もなし。」 現代語訳は 「もし念仏をするのが億劫で、読経にも身が入らぬときは、自分で勝手に休み、勝手に怠る。それをいけないといって妨げる人もいないし、また恥ねばならぬ人もいない。」 (中野孝次『すらすら読める方丈記』講談社文庫、2012、pp.119-120) ――鴨長明は五十代半ばを過ぎて、山奥に3メートル四方の小屋をつくり一人住む。誰にも気兼ねしなくてよい生活をやっとのことで得た。ここに引用した部分を読むと、長明はぜんぜん修行者じゃないが、そこに親しみを感じる。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 28/09/2026
【文章収集】 「私はずっと、役立たずに見えてじつは役に立っている、居候のような、回送電車のような存在に、そこはかとない憧れを抱いてきた。」 (堀江敏幸『もののはずみ』(白水Uブックス・堀江敏幸コレクション)、白水社、2026、p.293)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 27/09/2026
【文章収集】 ――冗談を使った哲学論文 「真面目で立派な哲学の論文が、はじめから終りまで冗談をつかって(もちろん、ふざけた態度ではなくて)書けると、いちどウィトゲンシュタインが言った〔中略〕また、別な折に、哲学の業績をまったく質問文ばかりで(答えを書かないで)書けるともいったことがある。彼の書いたものには、この二つをふんだんに使っている。たとえば「犬は、なぜ、痛そうなふりができないか。犬は正直すぎるのか」(『哲学探究』二五〇節)というのがそれである。」 (N. マルコム『ウィトゲンシュタイン――天才哲学者の思い出』板坂元訳、平凡社ライブラリー、1998、pp.21-22)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 26/09/2026
【文書収集】 「しかし、思い出を持つだけでは十分ではない。思い出が多くなったら、それを忘れることができなければならない。再び思い出がよみがえるまで気長に静かに待つ辛抱がなくてはならない。」 (リルケ『マルテの手記』望月市恵訳、岩波文庫、1946、1973改版、p.24)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 25/09/2026
【文章収集】 「自伝や伝記など、時間が経ってから書かれたものは当てにならず、結局一番役に立ったのは出来事とほぼ同時に、さしあたり他人に見せるつもりはなく書かれた日記」 (アニエス・ポワリエ『パリ左岸 1940-50』木下哲夫訳、白水社、2019、より「訳者あとがき」p.424) ――著者がこの本を書くときのための調査について、訳者が紹介している。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 24/09/2026
【文章収集】 「分とか時間にこまかく切りきざまれないで、太陽や小鳥や食欲で計られると、時の長さもちがってくる。たぶんそれは時計がないということによるのかもしれないし、あるいはまた、私たちが、まったく新しい環境のなかで一瞬一瞬を生き、感じ、そして確かめたことによるのかもしれない。」 (トール・ヘイエルダール『ファツ・ヒバ――楽園を求めて(上)』(現代教養文庫)、山田晃訳、社会思想社、1976、p.91)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 23/09/2026
【文章収集】 「人に対するのとおなじように、街にも第一印象というものがある。」 (堀江敏幸『時計まわりで迂回すること 回送電車Ⅴ』中央公論新社、2012、p.170)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 22/09/2026
【文章収集】 「その道のりのほんの一部なりとも想像するだけで、もう疲れはててしまうほどで」 (フランツ・カフカ『カフカ・セレクション 1 時空/認知』平野嘉彦編訳、ちくま文庫、2008、p.78)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 21/09/2026
【文章収集】   「門番は守衛室のドアの鍵をひどく入念に閉めた。そのうえ、闖入者に成りきってドアをこじ開けようとし、びくともしないのを確認すると」   (エマニュエル・ボーヴ『ぼくのともだち』渋谷豊 訳、白水社、2005、p.172)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 20/09/2026
【文章収集】 「何を読むかではなく、どこで、どんな時間に、どんな姿勢、どんな気分で読むか。」 (長田弘『なつかしい時間』岩波新書、2013、p.168)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 19/09/2026
【文章収集】 ――ノートに索引をつける 「これまでに書いたノートを机に積んで、索引をつけたところを読み返す。これは重要だぞ、と思ったところを整理して、ノートにまとめる。これがぼくの研究のやり方である。そういうふうにするといろいろなことがわかってくる。索引は「スズキ君帝国」や「プロジェクト・アマゾン」「お姉さん」「妹わがまま記録」などたくさんある。」 (森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』角川文庫、2012、p.24)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 18/09/2026
【文章収集】 「長く移動する旅行のときは、あれもこれも読める気がして、つい何冊も本を鞄に入れてしまいます。 でも、実際には、窓の外をずっと見てるか寝てるかで、 鞄が重くなっただけやった、と思うけど、でもやっぱり、どの本にしようか選ぶのが楽しいです。」 (柴崎友香、田雜芳一『いつか、僕らの途中で』ポプラ社、2006、p.87)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 17/09/2026
【文章収集】 ――画家・山口晃が現代版の方丈庵を建てた。寝るところが棺桶のようになっていて、「毎夜の死と毎朝の再生も体感できる」。 「寝所だけは就寝中の安全の為に頑丈な寝棺様とした。毎夜の死と毎朝の再生も体感でき、起きて来ない時は本当に棺になり、根本が腐って下に落ちれば自然と埋葬され周囲の栄養となるだろう。」 (山口晃「《螺庵》《庵案1》《庵案3》《庵案5》」、 『方丈記に学ぶ――生きるを編み直す小さな建築』21_21 DESIGN SIGHT、2026、所収、p.16)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 16/09/2026
【文章収集】 「ボタンには成仏する位置がある。ジャケットを着て、前のボタンを一つかけると、そこにジャケットの重心がすっとかかる。その瞬間、服が生命(いのち)を得て、ボタンは役目を終える。」 (山本耀司、満田愛『MY DEAR BOMB』岩波書店、2011、p.140) * 山本耀司はファッションデザイナー
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 15/09/2026
【文章収集】 「深緑色の水をたたえる濠の向こう岸には中央線と総武線が走っていて、オレンジ色と黄色のラインの電車がすれ違ったり追い抜いたり追い抜かれたりしている。ヤマネはこの外濠沿いの風景がとても好きだった。初めて東京に来た日に「自分は今、東京にいる」と思った風景でもあった。」 (柴崎友香『遠くまで歩く』中央公論新社、2025、p.16)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 14/09/2026
【文章収集】 ――椅子をつくっている職人が、その中に入り込む。最初は盗みのために考えた方法であったが、椅子に座った女に恋してしまう。 「その不思議な感触の世界に、惑溺(わくでき)してしまったのでございます。私は考えました。これこそ、この椅子の中の世界こそ、私に与えられた、本当のすみかではないかと。〔中略〕  椅子の中の恋(!) それがまあ、どんなに不可思議な、陶酔的な魅力を持つか、実際に椅子の中へ這入ってみた人でなくては、分るものではありません。それは、ただ、触覚と、聴覚と、そして僅かの嗅覚のみの恋でございます。暗闇の世界の恋でございます。」 書誌データはスレッドで。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 13/09/2026
【文章収集】 ――江戸時代、虫の声を楽しむための名所があった。『江戸名所図会』の道灌山(どうかんやま)の項から引用します。 「この地薬草多く、採薬の輩(ともがら)つねにここに来(きた)れり。ことに秋の頃は松虫・鈴虫、露にふりいでて清音をあらはす。よつて雅客・幽人ここに来り、風に詠じ月に歌ふてその声を愛せり。」 (『新訂 江戸名所図会 5』市古夏生、鈴木健一 校訂、ちくま学芸文庫、1997、p.117) * 道灌山: 荒川区西日暮里にある高台。江戸時代、虫の音を楽しむための名所として知られていた。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 12/09/2026
【文章収集】 ――休日の電車。宗介(主人公)は車内のすべての広告を読み満足をおぼえる。 「宗介は約十分も掛かって凡(すべ)ての広告を丁寧に三返ほど読み直した。別に行って見ようと思うものも、買って見たいと思うものもなかったが、ただこれらの広告が判然(はっきり)と自分の頭に映って、そうしてそれを一々読み終(おお)せた時間のあった事と、それを悉(ことごと)く理解し得たという心の余裕が、宗助には少なからぬ満足を与えた。」 (夏目漱石『門』岩波文庫、1938、1990改版、p.16) ――電車とは、市電(路面電車)のこと。宗介は役所勤めのサラリーマン。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 11/09/2026
【文章収集】 「おとこの子は、ベッドにもどり、  おかあさんは、そのそばに すわりました。  「かぜは やんだら、どこへ いくの?」  「とおくへ ふいていって、  どこかで また、木を ゆらすのよ。」 (シャーロット・ゾロトウ 文、ハワード・ノッツ 絵『かぜは どこへいくの』松岡享子訳、偕成社、1981、pp.10-11)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 10/09/2026
【文章収集】 「これ〔日記〕は私の旅行記である。」 (アンリ=フレデリック・アミエル『人生について 日記抄』(白水Uブックス 思想の地平線)、土居寛之 編訳、白水社、2026、p.45) * 1852年3月3日(31歳)の日記から。〔 〕は引用者注。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 09/09/2026
【文章収集】 「パリ。わたしは街を歩く。あなたがわたしの頭を街や街の名でいっぱいにしてしまったのよ〔中略〕今ではものを考えるかわりに、新しくおぼえた通りの名がいつも念頭にあるのよ。街のことを考えるの。バスに乗っていてもわたしは街を見ているわ。何も考えないのよ。ただ見て、眺めて、耳をすますだけ。」 (アナイス・ニン『アナイス・ニンの日記 1931-34 ――ヘンリー・ミラーとパリで』原麗衣訳、ちくま文庫、1991、p.577)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 08/09/2026
【文章収集】   「前川建築では、食事をしたりお茶を楽しむところは、人々が行き交う姿が見えるところに設けることが多い。」   (中川凖一『前川さん、すべて自邸でやっていたんですね――前川國男のアイデンティティー』彰国社、2015、p.86)   前川=前川國男(1905-1986)。建築家。東京帝国大学建築学科を卒業したその晩にパリのコルビジェのもとへ出発した。代表作に、国際文化会館、東京文化会館、国立国会図書館本館・新館、東京都美術館ほか。 書名は、前川建築の本質は、旧前川邸(現在、江戸東京たてもの園に移築)ですでに盛り込まれていたという意味。著者は前川國男建築設計事務所に48年間勤務。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 07/09/2026
【文章収集】 「雲  不定形であること、透明であること、光を映し出すこと、不断に変化すること、境界がさだかでないこと、密度の分布があること。そうしたことどもを、雲は教えてくれる。  また、ひとつとして同じ雲はない。ときに、集落は、雲に例えられる。」 (原 広司『集落の教え100』彰国社、1998、p.124) ――建築家・原広司が世界の集落調査から得た「教え」が100載っている。そのうちの一つがこれ。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 06/09/2026
【文章収集】 「ただの一度も存在しなかったものがある。法律、権威、税金、規制である。それらは、ここには不要だった。〔中略〕それらは本来、必要とされるものではなかったのだ。九龍城の人々は、それらなしで十分にやっていけた。」 (グレッグ・ジラード、イアン・ランボット『九龍城探訪 完全版―神話と現実、そして消滅後の記憶』尾原美保 訳、吉田一郎 監修、イースト・プレス、2026、p.9)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 05/09/2026
【文章収集】 ――ほんとうの名作 「中学のときも、高校のときも、本の感想を書くことができなかった。どんなことを書けばいいのか、わからない。そこに不安があるのだと思う。  特に感想を求めないような小説もある。こちらに負担をかけないのだ。それでいて何かを感じさせるのだ。ほんとうの名作とはそういうものかもしれない。」 (荒川洋治『過去をもつ人』みすず書房、2016、p.9)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 04/09/2026
【文章収集】 ――通りの音で天気がわかる 「朝、顔はいまだ壁のほうへ向けたまま、窓にかかる大きなカーテンの上方に射す日の光の筋がどんな色合いであるかを見届ける前から、私にはすでに空模様がわかっていた。通りの最初の物音が、やわらかく屈折して届くとそれは湿気のせいにちがいないとか、矢のように震えながら届くとそれは朝の冷たく澄んだ広々としてよく響く虚ろな空間を飛んできたにちがいないとか、そのときの天気がわかるのだ。」 (プルースト『失われた時を求めて 10 囚われの女1』古川一義訳、岩波文庫、2016、p.21)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 03/09/2026
【文章収集】 ――ボルツマン著『気体論講義』(邦訳は岩波文庫)をアインシュタインが読んでいたという文章を見つけた。 「アインシュタインは、ボルツマンが科学の世界でのライフワークを自ら解説した『気体論講義』を読んでいたのだ。密度の濃い詳細な二巻の専門書は、まだ出てから数年しかたっておらず、その複雑さには、ボルツマンと同じ時代の人々の多くがめげていた。ふつうの学生があたりまえに読むような本ではなかった。」 (デヴィッド・リンドリー『ボルツマンの原子――理論物理学の夜明け』松浦俊輔訳、青土社、2003、p.271)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 02/09/2026
【文章収集】    「わたしが学生の頃はだれもが、バイトで稼いだ金はほとんど本につぎ込んだ。〔中略〕こんな危なっかしい世界はない。そんなぞくぞくするほどディープな気分を、たった数百円で、しかもくりかえし味わえるのだから、飯代を節約しても、というのはあたりまえのことだった。」 (鷲田清一『噛みきれない想い』角川学芸出版、2009、p.225)  ――著者の学生時代は1960、70年代。それから50年経っているのだから、 その間にも「ぞくぞくするほどディープな」本は、ものすごく蓄積されているはずだ。掘り起こさなければいけない!
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 01/09/2026
【文章収集】 「アルベルチーヌを見るときに、味や匂いの感覚や触覚をわずかずつでも視覚に加えるようにしていった」 (プルースト『消え去ったアルベルチーヌ』高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008、p.75) * アルベルチーヌは「私」の愛する女性。『消え去ったアルベルチーヌ』は『失われた時を求めて』の第6篇にあたる。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 31/08/2026
【文章収集】 ――梶井基次郎の印象。「その時間の総てを充実したものにしたいと心を決めている人間」 「私の得た印象では、梶井基次郎は、生きる自分の一日一日を最上の状態で過ごし、かつ自分の残すものは、作品も手紙も十分に気をつけ、他人に与える印象もまた明るさや労りや真心に満ちたものにしようという覚悟をして、その時間の総てを充実したものにしたいと心を決めている人間のようであった。」 (伊藤整『若い詩人の肖像』(P+D BOOKS)小学館、2021、p.386)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 30/08/2026
【文章収集】 「夜はその夜も眠りにくかった。  十二時頃夕立がした。その続きを彼は心待ちに寝ていた。  暫(しばら)くするとそれが遠くからまた歩み寄せて来る音がした。  虫の声が雨の音に変った。ひとしきりするとそれはまた町の方へ過ぎて行った。」 (梶井基次郎「城のある町にて」、『檸檬』新潮文庫、1967、2003改版、所収、p.58)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 29/08/2026
【文章収集】 ――ムルソーは法廷を出ると、愛する街の夏の夕べのかおりと色を感じる。 「法廷は閉じられた。裁判所を出て、車に乗るとき、ほんの一瞬、私は夏の夕べのかおりと色とを感じた。護送車の薄闇のなかで、私の愛する一つの街の、また、時折り私が楽しんだひとときの、ありとある親しい物音を、まるで自分の疲労の底からわき出してくるように、一つ一つ味わった。すでにやわらいだ大気のなかの、新聞売りの叫び。辻公園のなかの最後の鳥たち。サンドイッチ売りの叫び声。街の高みの曲がり角での、電車のきしみ。港の上に夜がおりる前の、あの空のざわめき。」 書誌データはスレッドで
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 28/08/2026
【文章収集】 「すでに知られている一群の本が未読の本にも輪郭や予感をもたらす」 (ジュリアン・グラック『街道手帖』(シュルレアリスムの本棚)、永井敦子 訳・解説、風濤社、2014、p.264)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 27/08/2026
【文章収集】 「モンテーニュは自分自身についての専門家である。」 (保苅瑞穂『モンテーニュ私記——よく生き、よく死ぬために』筑摩書房、 2003、p.8)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 26/08/2026
【文章収集】 「この夏、薔薇は青い。森、それはガラスである。緑の衣におおわれた大地も、私には幽霊ほどのかすかな印象しかあたえない。生きること、生きるのをやめることは、想像のなかの解決だ。生はべつのところにある。」 (アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』巖谷國士訳、岩波文庫、1992、p.84)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 25/08/2026
【文章収集】 「昭和の三十年代というのは、とんでもない時代だった。  オヤジは野蛮人で、子供は単純で、カミサンはわめき散らし、お姉さんはオドオドと引っ込み思案で、若い男はなんにも考えてなかった。〔中略〕  カレーライスに平気でソースはかけるし、夏になるとバーサンはしなびたオッパイをぶらぶらさせたまんま庭をほっつき歩いて、ジーサンはまだ日露戦争のことを覚えていた。」 (橋本治『人工島戦記――あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』集英社、2021、p.35) ――約1300ページ、定価10780円のすごいボリュームの長編小説です。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 24/08/2026
【文章収集】 「すべからく万人は砂漠の呼び声に耳を傾けるべきであって、そのほかの声に一切耳をかしてはならない」 (J. W. クルーチ『砂漠の歳月』太田芳三郎訳、みすず書房、1974、p.ix) ――著者はニューヨークを離れ、アリゾナ州・ソノーラ砂漠で1年余りを過ごす。 「「いったい砂漠は何の役に立つのか」という設問に対して、それへの解答は決して少なくはないけれども、「瞑想のために」と答えることこそ、思うに、他のすべてにまさって最良の解答ではなかろうか。」(p.viii)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 23/08/2026
【文章収集】 「病気になって仰向(あおむけ)に寐てからは、絶えず美くしい雲と空が胸に描かれた。」 (夏目漱石「思い出す事など」、『思い出す事など 他七篇』岩波文庫、1986、所収、p.83)   ――病気とは、「修善寺の大患」とよばれる危篤のことで明治43年8月24日、漱石43歳。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 22/08/2026
【文章収集】 ――科学者は、戦争がはじまった途端に排外的愛国主義に囚われた。 「戦争〔第一次大戦〕直前まで、物理学者や化学者はこのように世界市民として振る舞い、国籍を問わず共同で研究していたのです。  それにもかかわらず、いったん戦争がはじまったら、多くの科学者が一夜にして熱狂的で時には排外的な愛国主義に囚われ、国家への帰属を学問世界における世界市民であることの上位に置き、率先して戦争に協力していったのです。」〔 〕は引用者注。 (山本義隆『原子・原子核・原子力――わたしが講義で伝えたかったこと』岩波書店、2015、pp.144-145) *文庫化されてます(岩波現代文庫、2022年)。
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 21/08/2026
【文章収集】 「サン・ジェルマン伯爵は、御馳走でいっぱいの食卓をまえにしても、何ひとつ胃に収めず、このやり方によってすでに、会話の支配者となった。」 (ヴァルター・ベンヤミン「一方通行路」、『ベンヤミン・コレクション3 記憶への旅』久保哲司訳、ちくま学芸文庫、1997、所収、p.113)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 20/08/2026
【文章収集】 「ひる頃、管理所へ行くと、品切れのローソクの注文を電話でしている。颱風が上陸するらしい。夜、ますます、雨はぶちまけたように降る。」 ――昭和40年8月21日の日記。 昭和のころは、停電(ちょくちょくあった)になったら、マッチを擦ってローソクに火をつけるのがふつうだった。 (武田百合子『富士日記(上) 新版』中公文庫、2019、p.145)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 19/08/2026
【文章収集】 ――「私」は月夜の浜辺でK君と知り合う。彼は自分の影を見ていた。 「影程不思議なものはないとK君は言いました。君もやってみれば、必ず経験するだろう。影をじーっと視凝めておると、そのなかに段々生物の相があらわれて来る。」   (梶井基次郎「Kの昇天――或はKの溺死」、『檸檬』新潮文庫、1967、2003改版、所収、p.155)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 18/08/2026
【文章収集】 「自然を細分する原子論的方法が有効なのは、細分を進めていけばいくほど、細分された一つ一つの断片は接近した性質をもつようになる、という一つの仮定が背後に横たわっているからである。」 (遠山啓『数学と人間』中公文庫、2022、p.184)
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読書wanwan @wanwan65537.bsky.social · 17/08/2026
【文章収集】 「われわれは、家を建てる楽しみを、いつまでも大工にゆずり渡したままでよいものだろうか?」 (H. D. ソロー『森の生活 ウォールデン(上)』飯田実訳、岩波文庫、1995、p.87) ――ソローがウォールデン湖畔に小屋を建てて住んだのは1845年のこと。隣人との誼(よしみ)のために棟上げは手伝ってもらったそうだ。
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