【 #豊臣兄弟 】
「箱本制度」
秀長は、大和郡山城城下を整備するにあたり、同業の商工業者をまとめて外堀の内、十三町に振り分け住まわせた。そして各町に営業上の独占権を認め、特許状(朱印状)を与えている(のちの株仲間)。その代わりとして、これらの書類を朱印箱に納め、封印をすると、ひと月交代で十三町に持ち回りで管理させた。この当番にあたる町を「箱本」といい、町の会所に朱印箱を置き、年寄・月行事・丁代といった世話役を中心として、ひと月の間、郡山城下全体の自治(城下の警護、火事の対応、伝馬の管理が主な仕事)を担当させた。この制度は商工業の発展と共に範囲は拡大したが、江戸期を通じて続けられた。