「これは見ていなければ書けない俳句だ」――でも、なぜそう思う? 言葉には、作者がそれを見た証拠なんてどこにもないのに。写生について、ちょっと厄介なところまで考えました。
写生はなぜ「見たこと」になるのか|岡田一実 note.com/suisei13/n/n...
note.com
写生はなぜ「見たこと」になるのか|岡田一実
1.はじめに 「これは見ていなければ書けない俳句だ」と思うことがある。 句に書かれたものの関係や動きが、予想していたものと少しずれている。そのずれを読み返すうちに、こう書くには作者も目の前のもので足を止めたのだろうと思えてくる。 このとき私たちは、句を読む作業から、作者の過去を推測する作業へ踏み出している。言葉の働きについての判断が、いつのまにか制作の事情についての判断になる。この移行は何に...