決壊という小説で平野さんは、「複数のシーンが断続的に描かれ、それが繋がって最終的に一本のテーマを浮き彫りにしていく」という書き方を選択したんだけど、
現代において扱われる膨大な情報量でそれをやったことでページ数が増え、かつシーンごとに抽象度とかテーマへの切り込み方を変えすぎたせいでレイヤーが増えて、
読者が何の話をしてるのかわからなくなりついていけなくなるという失敗をしたため、
次作のかたちだけの愛という作品ではプロットをシンプルに設計し直して、普通に読む人は普通にストーリーとして読めて、でも他に気づきや思考の発展を求める人にはその入口だけ用意しておく、みたいな書き方で解決を試みた