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勝海舟が設計の「お台場」、大阪・高槻市で発見 真の敵は黒船にあらず - 日本経済新聞
初めて遺構が見つかった「梶原台場」を、幕末の絵図と現在の映像で比較します。(25秒)外国船の相次ぐ出現に日本が揺れた江戸時代末期、京を防衛するために徳川幕府が勝海舟の指揮で築造した砲台「梶原台場」の遺構が初めて、大阪府高槻市で見つかった。東京・品川沖の「お台場」など、外国船を迎え撃つための砲台の多くは海沿いだが、梶原台場はなぜか、大阪湾から30キロほど離れた内陸に造られた。理由を探ると、台場の真の狙いと、淀川沿いで激動した幕末史が浮かび上がる。交通の要衝で京を防衛3月中旬、梶原台場跡を目指して阪急京都線に乗り、最寄りの上牧駅で降りると、すぐそばをJR東海道新幹線の車両が「ゴーッ」と地響きとともに走り抜けた。駅前の地図を見ると、この地域が淀川と山にはさまれた狭い平野部で、阪急と新幹線に加えてJR東海道線と、かつての西国街道に由来する国道171号が通る交通の要衝であることがわかる。