誤認があると思うのですが、虚構性というか、それが自然科学的な実体を持たない「決まりごと」、つまるところフィクションであることを日常的に自覚することについては自分もむしろ賛同しています。
問題はそういう虚構性の指摘がしばしば非常に政治かつ恣意的にテーマとして選択され、またそれがフィクションであることを理由にした矮小化の意図を持ってなされることに対し「じゃあこれだってフィクションだろう」「その意義においてフィクションであるかどうかは問題ではない」という指摘を行っているわけです(当初の発言はつまりそういう比喩表現・レトリックということになります)