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リトルプレス - uchiumi -

@uchiumi.haya-uta.com
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uchiumi(内海)は、声になりきらない言葉や、境界にとどまる思考をすくいあげることを目指して2026年に立ち上げるリトルプレスです。 外洋ほど荒れず、かといって閉じきっているわけでもない内海のように、行き交うことも、無理なくとどまることもできる場所を目指しています。 HP: uchiumi.haya-uta.com

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リトルプレス - uchiumi - @uchiumi.haya-uta.com · 09/03/2026
つらい気持ちがあるときに、そばに置いておくことができる本 『ささやかな抵抗として』 戦争のニュースが続き、気持ちが落ち込んでしまっています。今も世界では戦争があり、人が殺し殺されている――大きな力の前には無力感を感じる。 本書ではトラウマ、うつ、回復といったテーマのエッセイが収録されています。生きのびて抵抗すること――その手がかりになれば嬉しいです。 一冊!リトルプレスでこのように紹介しました。戦争のニュースが続き、気が滅入ってしまっています……(編集担当)
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リトルプレス - uchiumi - @uchiumi.haya-uta.com · 04/03/2026
『ささやかな抵抗として』の - uchiumi - の在庫は残り30冊ほどとなりました! 直近でイベント参加の予定はありませんので、お求めの際はオンラインショップをご利用ください。
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リトルプレス - uchiumi - @uchiumi.haya-uta.com · 11/02/2026
選挙が終わり、今日は「建国記念の日」。もとの「紀元節」です。 こうした休日も、政治によって意味づけがなされています。私たちの生活は、政治とは無関係でいられません。 『ささやかな抵抗として』より、「無関心ではいられない」を公開します。 少しでも、政治を自分事として、不断の努力で民主主義を守る気持ちを持ってくれる人が増えてほしいと思っています。
無関心ではいられない
1ページ目

わたしは政治に無関心ではいられない。わたしの身体は、政治に握られているからだ。
病状も安定し、ようやく新しく仕事を探そうかという頃、使っている薬のうちの一種類が供給停止した。その薬は、一回目の入院で初めて処方された、一般的に選択される降圧薬とはちょっと異なる作用機序の降圧薬だった。どれだけ強い睡眠薬を使っても眠れなかったのに、これまでの処方にその薬を足したらなぜかストンと眠ることができた。血圧を下げるための薬だけど、わたしの症状にそれを使うとなぜか眠れる。医者の臨床経験のなかで、作用機序に着目して適応外処方をしたものだった。
供給停止からもう一年以上が経つ。血圧に問題がある人であれば、別の降圧薬を使うことで血圧を下げるという目的が達成できるため、それほど生活に困ることはないかもしれない。けれどもわたしの場合は、その作用機序で副次的に発生する「緊張の緩和」で入眠できるという特殊な使い方だったため、代替薬が簡単に見つからない。
薬の供給停止の理由は単純ではない。原材料の不足、輸入バランス、価格調整、政治判断、そして、誰かのロビー活動。わたしの睡眠一つが、見えない場所で行われた複数の意思決定の結果であることなど、知る由もなかった。わたしは政治に生殺与奪の権を握られている。
もちろん主治医は、同様の作用機序で処方可能な代替案を考えてはくれた。しかし、最初の処方をした医師が入院の際の主治医だったのに対し、いまの主治医はその処方内容を読み解き、その意図を理解し、その薬を中断しなかった医師である。そこには解釈が存在していて、最初の処方を正確に読み解けているとは限らない(限りなく正確だとは患者として感じているが)。代替薬は思うようには機能しなかった。
「何でもかんでも政治のせいにするな」というのは、政治に影響されないマジョリティの傲慢さだと思う。実際、これは政治の問題であり、薬の安定供給の話は国会でも議論されている。そんなことも考えず、自分の生活だけ豊かであればよいという人たちに、わたしの生活は脅かされている。
「漫然とした多剤処方(ポリファーマシー)は避けるべきである」――この命題は正しい。しかし多くの人は、この命題が真であるための必要条件を読み飛ばし、「多剤処方は避けるべき」という点しか見ない。多剤処方は医療リソースを浪費していると、非難さえする。
わたしが現在処方されている薬は一四種類ある。なんの背景も知らずに見れば、ポリ「無関心ではいられない」
3ページ目

ファーマシーを疑われても仕方ない。実際、二度目の入院では、意味のないとされた処方を急激に減らされた。しかし、わたしの病歴を知る医師からすれば、この処方は漫然とした処方ではないと説明できるだろう。それぞれの薬が、どのような意図で処方されたのか、患者であるわたしに対してどのように説明されたのか、挙げてみたいと思う。

⑴ 抗うつ薬①:慢性的な抑うつと神経症状の底上げ、疼痛を和らげる
⑵ 抗うつ薬②:抑うつによって失われる睡眠と食欲を支える
⑶ 調整薬①:注意機能の補助、不安の構造的整理、解離の頻度を下げる
⑷ 調整薬②:情動過敏の平常化、対人場面での安全感を補助する
⑸ 睡眠薬①:鎮静作用による睡眠の安定化をする
⑹ 睡眠薬②:入眠作用による睡眠の安定化をする
⑺ 降圧薬①:身体の過覚醒を抑え、身体を落ち着け、入眠を補助する
⑻ 降圧薬②:身体状態の安定化をはかる
⑼ 抗不安薬:フラッシュバックの立ち上がりを抑え、解離の深刻化を防ぐ
⑽ 抗精神病薬:解離、フラッシュバック、過度な不安を抑制する
⑾ 筋弛緩薬:身体の緊張を緩め、頭痛や身体の痛みを軽減する
「無関心ではいられない」
4ページ目

⑿ 発作対処薬:片頭痛、自律神経反射の悪化による頭痛を軽減する
⒀ 漢方薬①:慢性的疲労、気力の低下、免疫低下を改善する
⒁ 漢方薬②:腹部緊張、自律神経の乱れを調整する

これらの処方が抑うつ、不眠、解離、フラッシュバック、疼痛、過覚醒などといった、互いに連動しながら悪化していく諸症状に対して、それぞれ異なる作用機序、アプローチから支えている。一つを減らせば別の症状が立ち上がり、別の症状を抑えればまた別の苦痛が顔を出す。こうした病状の相互作用の複雑さゆえに、単剤での治療では到底まかなえない部分がある(医師が一つ一つの症状に向き合い、薬剤を調整してくれたことによって改善した――いわゆる人薬である可能性も否定はできないが)。
しかしこうした処方も、審査支払機関(保険適用の可否を判断する機関)が納得しなければ、保険診療で治療をすることができない。これも、政治によるところが大きい。制度が納得しなければ、わたしは症状を抑えてやっと人並みに動けるようになる――そんなこともできない。
わたしは主権者でありながら、政治にわたしの身体の主権を握られている。無関心ではいられない。わたしの身体の主権は、わたしにある。
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リトルプレス - uchiumi - @uchiumi.haya-uta.com · 31/01/2026
本日は #ZINEフェス埼玉 です。 『ささやかな抵抗として』は著者の音無のブースで販売します。 お手に取ることもできますので、是非おいでください😊
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リトルプレス - uchiumi - @uchiumi.haya-uta.com · 23/01/2026
『ささやかな抵抗として』の在庫はたくさんあります! 今度の #ZINEフェス埼玉 でお求めいただける他、ウェブストアからもお買い求めいただけます。 書店さまは〈一冊!取引所〉もしくは直取引で対応可能ですので、お声がけくださいませ。
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リトルプレス - uchiumi - @uchiumi.haya-uta.com · 18/01/2026
『ささやかな抵抗として』のカバーにはインディゴ(青藍)を選びました。 トラウマの環状島モデル(宮地尚子、2007)の内海に沈んでいた頃をイメージしています。 見返しには薄めの浅葱色を使いました。内海の浅いところにたどり着いたイメージです。 表紙をめくると、インディゴ→浅葱色という形になっています。
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リトルプレス - uchiumi - @uchiumi.haya-uta.com · 10/01/2026
〈試し読み〉 音無早矢『ささやかな抵抗として』の「はじめに」を試し読みで公開します。
1ページ目

はじめに
記憶というものは、記録とは異なり不確かである。これまでのことを思い起こしながら書いているこの文章も、もしかしたら、わたしが経験したできごとと事実が異なっているかもしれない。わたしは生きていくなかで、多くの傷を負ってきた。そしてそれに対して解離、転換といった症状を獲得している。そのため、わたしが経験として書くこれからの内容には、失ったり曖昧になったりした記憶や身体感覚、不確かな時系列、感情の歪みが含まれているかもしれない。
本書の目的は、まずは言語化であり、その次にわたし自身の再統合である。ばらばらになったわたしを、記憶やこれまでに読んできた本をたよりに言語化し、わたしという器のなかに再び統合することにある。その過程で、失われていたはずの記憶や感情、感覚を取り戻すことができるかもしれない。
そのような、とても個人的な文章に読者を想定する、というのは少し不思議な感じもする。けれどおそらく、わたしひとりではこの作業をやり遂げることができない。顔もわか2ページ目(1ページ目の続き)

らないかもしれない読者を想定することで、何とかこの作業をやり遂げてみたいと思う。もしこの文章が、読者の方の何かしらになったのであれば、それほど嬉しいことはない。

まず、本書は最後まで読まれることを前提としていない。
途中で閉じてもよいし、読み飛ばしてもよい。合わないと感じたら、そこでやめてもかまわない。読んだあとに拒絶してもよいし、破り捨ててもよい。
本書は、誰かを説得するためのものでも、正しさを示すためのものでもない。ただ、わたしというひとりの人間が、壊れやすさを抱えたまま生きのびるために、読んできたもの、考えてきたこと、言葉にしてきた断片を勢いに任せて書き連ねたものである。
本書のエッセイは、すべて書かれた順番のまま収録している。連続して書かれたものではないため、内容が重複したり、時系列が前後したりすることがある。あとから手を入れたものは、(追記)というかたちで示した。なお、用語の統一や表記ゆれについては最低限の修正にとどめ、書かれた当時の考えや言葉の選び方を尊重している。読みづらい箇所もあるかもしれないが、それ自体が、わたしの再統合の過程でもある。その点については、どうか許してほしい。
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