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國枝孝弘

@takakunieda.bsky.social
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フランス文学・言語表現論・フランス語教育。元NHK「テレビでフランス語」、「まいにちフランス語」担当講師。アテネ・フランセ講師。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス教員。少年期よりロック・ポップスの大ファン(Web参照)。生まれは岐阜県、長良川のほとり…宿はなし。

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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 12/10/2026
鈴木智之『可塑性と断絶』。一個人を一個の人間存在として特定するとはどういうことか。この問いが本書を貫いている。カトリーヌ・マラブー、クレール・マランを自らの思考に引き寄せつつ、破壊的可塑性、断絶という人格を切り裂いてしまうような体験があったとしても、それでも持続するものが、残存するものがあるのではないかと、その可能性を探っていく。それがたとえばらばらの断片であったとしても。著者自らの体験をときにまじえ(アルツハイマー病のこと)、粘り強く問いを重ね、議論を続けていく。読みながら著者の思考を辿っていく。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 16/07/2026
イーユン・リー『理由のない場所』、『自然のものはただ育つ』。自死で二人の息子を亡くした作家。前者では亡くなった長男と会話、ときには言い合いをする設定のフィクション。後者は次男についてのノンフィクション。どちらも、表現しようもない「奈落の底」をそれでもしかし言葉にする。「言葉は思いを言い尽くせるものではないかもしれないけれど、長い影を投じ、その影がときには言葉にならないものにまで届くことがあるのだ。」(『自然のものはただ育つ』p. 163.)
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 05/07/2026
2度目の『急に具合が悪くなる』。濱口竜介・長塚京三・砂連尾理のトークショー。全てが失われているわけではない(tout n'est pas perdu)以上、不可能を可能にすること求め、人間らしく生きるために「関係の中に身を投じること」(s'engager dans une relation)。死の瞬間までは生きている(Vivant jusqu'à la mort)ことを、どれほど弱くなったとしてもその人の中に生の確証を認めること。そして最後には内部と外部を混ぜ合わせ、別の世界を現実にしていくこと。そういえば長塚京三さんと自分は同じ誕生日だった!ちょうど20年違い。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 30/06/2026
石牟礼道子『椿の海の記』。「そんな昏れ昏れの、波うちはじめる芒の土手を、振り返り振り返り眺めれば、広い河原に四、五人の青海苔採りたちが腰をからげて水に漬かっている姿の、ちらつき出した雪の中に没し去るのは、心に迫る景色だった。」(全集 p. 160.)あまりに美しい表現と、色彩豊かに描かれる光景に、しばし先に読み進めることができなかった。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 02/05/2026
岩崎えり奈・小島真智子編著『フランス語圏を知るための61章』。フランス語圏の言語・文化・経済・政治・社会を包括的に紹介した優れた案内書。フランス語圏の様々な運動は、本国自体にも変容をもたらし、豊かさを生み出す一方、その変容を排除しようとする動きもある。その緊張関係を実感した一冊。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 19/04/2026
心地よい熱気のなか、Donny HathawayのSomeday We'll All Be Freeを口ずさみながら参加してきた。そして今はI wish I knew how It would feel to be freeをかけている。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 10/04/2026
「音楽に政治を持ち込むな」は偽だが、「政治に音楽を持ち込むな」は真。前者の政治は「公共としての生活」、後者の政治は「一時的な支配権力」という意味。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 05/04/2026
30年近く前に買った洪世和『コレアン・ドライバーは、パリで眠らない』(みすず書房)を久しぶりに読み直していたら、映画館の半券と映画のチケットが出てきた。ユーロスペースでフランス映画「フランドル」。しかし観た記憶がない。しかも映画の公開は2007年。学生に貸したのだろうか。中古本を買って、元の持ち主がはさんだままにしておいた?でも本は確か出版されてすぐ買ったはずだから、年代がまったくあわない。今週末公開のコナンくんの出番か!
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 07/03/2026
アテネ・フランセで担当している「文法と文学」。春学期からは新たにMichel Tournier, « Gaspard, Melchior & Balthazar » (1980)を読み始めます。聖書の「東方の三博士」を下敷きに、想像力豊かに構成されたトゥルニエの文学世界を原文でしっかりと味わっていきます。 www.athenee.jp/1_french/26_...
athenee.jp
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 01/03/2026
エドワード・ヤン『ヤンヤン 夏の想い出』。まごうことなき名作。父と母、高校生の娘、小学生の息子、祖母、叔父の家族・親族に起きる出来事が、人生の静かな悲しみに照らされながら、やがて深刻なものから受容されるものへと変化する。人生はやり直せる/直せないものではなく、やり直す必要のないものだと。人生は決められた、流れのある物語ではなく、予期せず訪れる出来事の均衡を欠いた連なり。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 27/02/2026
クロード・シャブロル『肉屋』。教室のディクテ場面、小学生には難しすぎるバルザックの一節(邦題『三十女』から)« ... un sentiment profond par lequel l'âme la plus grossière devait être impressionnée »「彼女の表情がかもしだす深い感情にどんなに粗野な魂も感動に震えるに違いない」は、それと同時に窓の外に現れるポポールと呼応する。その効果のために選ばれている。 libresavoir.org/index.php?ti...
libresavoir.org
Le Boucher de Chabrol
Ce film de Claude Chabrol réunit une nouvelle fois le réalisateur et l'acteur Jean Yanne pour ce qui est considéré aujourd'hui comme l'un des meilleurs films français des années 1970.
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 09/01/2026
2025年に創刊100年を迎えた白水社の月刊誌『ふらんす』。その膨大なアーカイブから、倉方健作さんが時代を反映する記事を選び編集した『「ふらんす」100年の回想』。雑誌であっても内容は決して古くならないことを実感します。「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」からは「高畑勲とフランス」を選んでいただきました。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 02/01/2026
2025年公開強く印象に残った映画: 『罪人たち』 『旅と日々』 『遠い山なみの光』 『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』 『ルノワール』 『名もなき者』 『モンテ・クリスト伯』 『ホーリー・カウ』 『マスター・マインド』 『秋が来るとき』
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 29/11/2025
以前、集合名詞の説明をするためプチ・ロベールの例文« J'aidais maman à faire la vaisselle ; elle lavait les assiettes, je les essuyais » (Beauvoir)を引用したことがあったが、今日Beauvoirを読んでいたら当の文章に遭遇した!天からの賜り物と言えるくらいうれしい。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 22/11/2025
本人も意識していない善意からの行為(それが善だとも思わず差し出す行為)は、相手にとってはとても大きな助けになることがある。相手はその行為をいつまでも印象深く覚えているが、行為をした本人はすっかり忘れてしまっている。その非対称性に善意の本質があるような気がする。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 05/11/2025
授業担当者よりも、授業の内容をはるかに適切に、そして平明なことばで語ってくれている感想。「この授業は、普段なんとなく使ってる言葉の本当の使い方を問い直してくれるし、映画や小説みたいな作品の見え方も一段深くしてくれる。いつも当たり前に流している出来事や言い回しを、立ち止まってほどいていくと、そこに隠れていた意味が顔を出す。そのプロセスはちょっとした探検みたいで、考えれば考えるほど景色がひらけていく感じがしてとても面白い。」
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 28/10/2025
リチャード・フラナガン『第七問』。捕虜となっていた兵士の中には、戦勝国となった自国の中で、敗残兵のように戦後をひっそりと生きた者たちがいる。その一方で、戦争中に捕虜を働かせていた者の中には、敗戦国となった自国の中で、戦勝国の英雄のようにうまくふるまい戦後に権勢を振る舞い続けた者がいる。そんな歴史の皮肉を強く感じた。
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Reposted by 國枝孝弘
福島祥行@OMU國基&佛文 @felesnigra.bsky.social · 25/10/2025
國枝センセ @TakaKunieda と間瀬センセと永田センセ @ngtchinard の書いてはる『声を聴くこと――ゆらぎと気配の弁証法』(春風社)。科研 @koenotsunagari のシンポの成果物ださうだが、声(とその前段階の気配)を巡る論考集。永田さん訳のヴィクトリア・マス『狂女たちの舞踏会』と 1/2
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 09/10/2025
地下鉄で、向かいの人がこちらを見ながら「それどうしたの?」と英語で話しかけてきた。聞けばイギリス人で、イギリスでディランのライブ見たことがあると。一番好きなミュージシャンを聴いたらS・デニー、R・トンプソン、S・ウィンウッドと!ぼくもN・ドレイク、B・ヤン主が好きだと伝え、さらにニューウェーブではPILやコステロ。日本のディスク・ユニオンは最高だとかいろいろ話すうちに盛り上がり過ぎ、相手は駅を乗り過ごし、最後はグータッチされた。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 04/10/2025
「出自がこういう人だから、きっとこういうことをしてくれるはず」とは必ずしもならない。確かにその出自をもつ人と、現在のその人は「同一人物」であるが、同一の「自己」を持つとは限らない。自己は認識の仕方や社会関係で変容しうる。もっと言えばその時の戦略で自己に仮面を被せることさえできてしまう。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 18/09/2025
梯久美子『サガレン』を読んでいて、林芙美子の名前が出てきた瞬間に、名前を初めて知ったのは「偕成社ジュニア版日本文学名作選」だったことをふと思い出した。全60巻のうち何冊か持っていたが、ある時伯父が残りを全部買ってくれた。到底全部は読めなかったが作家の名前を多く知ったのはそのおかげだった。室生犀星、有島武郎、石川啄木…。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 15/09/2025
映画『遠い山なみの光』。戦争・原爆からたとえ生き残ったとしても、心の傷は決して癒えることはない。そこから変わろうとしてイギリスに渡った悦子の生き方は、数十年して娘の自死という代償を招く。心的回復がはかられることのないトラウマが自責の感情となる。それでも生は続くのだが…。以前小説を読んだ時に、ブログを書いたけれども、「縄の意味」はもう少しつきつめることができたと映画を見て思った。 kunieda.sfc.keio.ac.jp/2017/09/1982...
kunieda.sfc.keio.ac.jp
カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』(1982, 1994)
主人公の悦子は、戦後間もない長崎で、ある男性と結婚し、娘をもうける。その後の経緯は語られていないが、イギリス人男性と知り合い、ともにイギリスに渡り、その地で半生を過ごす。物語は、イギリスに連れて行っ...
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 08/09/2025
五十嵐耕平『泳ぎすぎた夜』は雪の青森を歩く男の子をフィルムにおさめた作品だが、セリフがない。もしセリフがあったら子供の世界は大人の世界に染められてしまっただろう。また、私たちもすでに言語化されてしまった世界としてしかこの画面を見られなくなってしまっただろう。言葉がないからこそ、私たちは、画面をみながら、これまで言葉にしなかった子供時代の小さな体験の記憶を取り戻していけるのだろう。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 24/08/2025
『リンダ リンダ リンダ 4K』上演後のティーチ・インで、監督が最後の場面に触れたのを受けて、出演者のお一人が「監督の選択はどれも正しかった」とおっしゃっていたが、本当にこの映画は、選択と配置がすべての場面で完璧。キャスティング、カメラワーク、4人の位置取り、場面転換、4人の周りの登場人物のキャラクターも…。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 18/08/2025
かつてお世話になった人のことが思い浮かび、お礼の言葉を言いたいと思うことがある。でも向こうはそんなことはもう覚えていないかもしれない。逆にお世話になっていながら、恩知らずなことに、自分が忘れてしまっている人もきっといるだろう。人との関係は「貸し借り」で考えてもうまくいかない。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 23/07/2025
文学は究極的には一人の孤独な人間を救うためにある。一人の孤独な人間が偶然に一つの作品に出会い、それによってこの寄る辺なき現実から救われる。だからこそ、国民文学や世界文学といった誤解をはらむ、文学をくくってしまう名称はなかったほうがむしろよかったのだ。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 08/07/2025
ある出来事を体験し、それを記憶している人々も80年すればいなくなってしまう。その限界値という意味で80年は時代の区切りである。戦後80年のこの夏だからこそ真剣に考えなくてはならないのに、まさに記憶の歯止めを失い、大切に伝えられてきた体験を蹂躙するような言葉が撒き散らされている。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 27/06/2025
いつにもまして内容の濃い放談でした。中でもヨシのヤコブソンの「交話機能」とは「やりとりすることで、その場的に共に在るものとなっていく」との言葉にハッとしました。ぜひ手に取っていただければ!
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 09/06/2025
Lina Soualem, « Bye Bye Tibériade ». 1948年のナクバで故郷を追われた曽祖母と祖母、パレスチナからフランスへ渡り、俳優となった母、そして私。女性四世代を主題としたドキュメンタリー。カメラを回すことで初めて語られる母の過去の苦しみ。家族の「日常」の物語とその背景にある大文字の歴史。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 07/06/2025
文化とは、アイデンティティ(正体)というより、自分の存在のよりどころとするもの。ときに自分の存立のために必要だが、時間が経てばそこから離れていくこともできる。自分の中に文化を住まわせても、それが地盤であっても、そこから身を引き剥がすことができる。文化と自己は柔軟な関係。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 05/06/2025
デカルト『情念論』「なんらかの対象と初めて出会うことで、わたしたちが不意を打たれ、それを新しいと判断するとき、つまり、それ以前に知っていたものや、あるべく想定していたものとははなはだ異なると判断するとき、わたしたちはその対象に驚き、激しく揺り動かされる。」能動的学習(学修)においても、教育の場で「不意を打たれる」受動体験がなければ、そもそも能動は始まらないのではないか。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 29/04/2025
書かれたものから、書いた人の気持ちが切実に伝わってくるのはなぜなのだろう。文字の向こうに、文字の内容とは別の、文字には書かれていない書いた人の気持ち(心遣い、喜び、悲しみ、ためらい…)の存在をはっきりと確信できる、この伝導に名前をつけたい気分だ。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 21/04/2025
『ふらんす』編集長のインタビューが載っています。「小さい雑誌だからこそ続けてこられたのだと思います。この小ささを大切に、これからも毎号毎号丁寧につくり続けていきたいと思っています。」毎月必ず出版されるのも小さな奇跡の連続です。 book.asahi.com/jinbun/artic...
book.asahi.com
創刊100周年! 雑誌『ふらんす』編集長が伝えたい「人生にフランスがある幸せ」|じんぶん堂
今年、白水社の雑誌『ふらんす』は創刊100周年を迎えます。『ふらんす』は日本で唯一のフランス語学習とフランス語圏文化を扱う月刊誌です。白水社が創立されたのは1915年(大正4年)、その10年後の1925年(同14年)に『ふらんす』 ...
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 16/04/2025
「大学こそ、重要な本質的問題が研究され討議され考察される場とならねばならないと、わたしはつねづね感じている。ところが、もし大学が、社会的・政治的問題の圧力に屈したり、あるいはその解消をもとめられたりしたら、大学はその機能を失い、いま政権を握っている政党の単なる付属物になりさがってしまうだろう。」(エドワード・サイード『文化と帝国主義』みすず書房、28ページ)
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 15/04/2025
「サイードは『読むこと』という営為を個人の精読への努力と集団による解釈の積み重ねのあいだの弁証法的関係としてとらえていた。」(中井亜佐子『エドワード・サイード ある批評家の残響』書肆侃侃房、131-132ページ)。研究会で輪読を行う理由もまさにここにあると思う。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 13/04/2025
最近はっぴいえんど、裸のラリーズといった名前を学生から聞くようになり、昨日はついにキャプテン・ビーフハートが好きという学生が!最近はどうやって音楽と出会うのだろうと興味を持ったが、自分の場合を思い出すと、中三の時に偶然ラジオで聞いた「ラフ・トレード特集」の影響が本当に大きかった。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 05/04/2025
都庁のプロジェクション・マッピングなどやらずとも、東京タワーだけで十分美しい。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 22/03/2025
新幹線で隣に座る予定の海外からの旅行者が予約した大型荷物スペースが使えないというので、一緒に見てみたが確かにどうしても鍵が開かない。四苦八苦しているうちに車掌さんが来て別の車両に案内されたが、しばらくしたら戻ってきて「さっきはありがとう」とビールを手渡された。握手をして別れた。よい旅を、と。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 14/03/2025
『ノー・アザー・ランド』を観る。イスラエルの軍、兵士の酷たらしさ。兵士は自分が相手の立場だったらという人間の情を訓練で切除されているのだろう。軍は学校を家を井戸を破壊し、生活を奪っていく。土地から追放し隔離する。民族殺戮以外になにものでもない。軍隊というものの本質がそこにある。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 11/03/2025
『6才のボクが、大人になるまで』で夜明けとともにYo La Tengoが流れてきて、あれほど情景と音楽がマッチしている瞬間もないと思ったけれど、真夜中に聞くYo La Tengoも最高。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 04/03/2025
アテネ・フランセ「文法と文学」。ゆっくり、じっくり、1年2ヶ月をかけてAndreï Makine, Le testament françaisを読み終わりました。冒頭で暗示されていた謎が最後になって明かされ、通読するかいのある作品でした。祖母への複雑な、しかしどこまでも深い愛情、最後の作家の誕生の予見という主題はプルーストと強く関連します。春からはSimone de Beauvoir, Les Inséparablesを読み始める予定です。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 16/02/2025
プロの音楽家ではなく、教会の牧師が若者たちを教会に誘い、録音したゴスペル・ソウルのアルバム。信仰とは教義とは別に、私たちが日常を生きるよすがのことではないか。魂からの音楽は、私たちを支え、生へと導いてくれる。Pastor T.L.Barrett and The Youth For Christ Choir, Like A Ship...
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 13/02/2025
ジェシー・アイゼンバーグ『リアル・ペイン』。第一世代と第三世代。いとこ同士。親密と言えるほど近くはないが、無関係と言ってしまえるほど遠くはない。この微妙な関係性に横たわる距離感が、この映画の主題である「リアル・ペイン」の共有不可能性を象徴している。他者の痛みを共有することはできないが、その痛みに無関係だとは言えない。同一にはなれないが、それでもつい近寄らざるをえない。痛みに内在する徹底的な孤独と他者の確かな気配。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 11/02/2025
Lauernt. Demanze, Un nouvel âge de l'enquête (2019).現代フランス文学における調査の文学を論じる。調査の文学は、逆説的だが調査の未完結を特色とする。それは断定的な結論、人物への決定論的理解を退けるという意味で<反物語>である。あるいは意味が絶えず不安定で、断片が散らばるだけの、そして決して言葉にはできない闇を抱えた物語とも言える。そして調査という以上、現実世界の出来事を調査対象として書くことが始まるが、上記の調査のもつ限界性によって、実はこの現実世界自体が深みをたずさえているのだということを明らかにする。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 02/02/2025
soit(まあいいでしょう)を見るたびに、博士論文に指導教授からのコメントでたびたびこの単語が書かれていたことを思い出す。このままでいいのか、それとも書き直した方がよいのかずいぶん悩んだ。すでに帰国していたのである程度書いたら郵便で送り、先生が赤字を入れてやはり郵便で返送してくれた。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 01/02/2025
Libérationが届く。表紙から13ページにわたってデヴィッド・リンチの追悼特集。各作品の詳細な紹介、映画に登場する俳優たち、使われた音楽、また描き続けた絵画など濃厚な記事が掲載されている。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 31/01/2025
白水社『ふらんす』2月号、大阪公立大学福島先生との仏語放談は「2024年の読書体験をふりかえる」として昨年出版された本を中心にオススメを紹介!ハン・ガン、アニー・エルノー、クロエ・コルマン、ダヴィド・ディオップ、マリオン・メッシーナ、フランソワ=アンリ・デゼラブルなど。ぜひ読書ガイドにお役立てください。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 28/01/2025
Chat GPTもタイプミスするのね。タイプしているのか…。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 28/01/2025
卒論、修論、博論を同時期に読んでいると、卒論は「書き尽くす=言葉に向き合う」、修論は「枠組みを明示的に定める=研究に向き合う」、博論は「その分野で新たな地平をひらく=学問に向きかう」ことだと、ふと思う。
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國枝孝弘 @takakunieda.bsky.social · 27/01/2025
下記の引用文、最初はアラン=フルニエだが、point de suspension(省略符)の後はピエール・ロチの作品からだった、さらに次の省略符の後は原典がわからない。創作なのだろうか。著者の手を離れた断片たちの折り重なりによって、ひとつのテキスト世界が創造されているかのようだ。
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