Reposted by エピローグ若林宣 @wakabayashitoru.bsky.social · 10/10/2026ブルスコ運営に期待して、南京大虐殺否定論については、「日中戦争にまつわる、よく知られている歴史的事実を否定することで、中国人への差別感情を増幅させる恐れがある」として、ヘイトスピーチとして報告した。自国がおこなった戦争犯罪の否定はきわめて危険だと思う。 2224103
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 17/09/2026「罪は普通、否定的なものとしてしか見られていないでしょう。でも俺はもっと肯定的に、我々の誰もが背負っているし、またこれからも背負っていくものだと思っている。責任がとれるという幻想から自由に、いわば責任がとれないという現実に向き合って生きる。罪に向き合って生きる。責任がとれないということの痛みにうたれて生きる。」緒方正人『常世の舟を漕ぎて』 kurahate22.hatenablog.com/entry/2014/1...kurahate22.hatenablog.com絶望が個に返されている 水俣と緒方正人さん - 降りていくブログ水俣の漁師、緒方正人さんと哲学者の廣瀬純さんの対談「絶望が個に返されている」を読んだ。 緒方正人さんは、水俣病で父親を失い、自身も水俣病になるなかで、国や公害企業と裁判闘争していたが、ある時点で自ら認定患者であることを取り下げて、個人として、チッソの前にいって一人でむしろをひいて、そこを通り過ぎる人と対話したり、てづくりの舟で熊本から東京までいくといった活動をされるようになった。 緒方『水俣病の認... 000
Reposted by エピローグ安田菜津紀 Natsuki Yasuda @natsukiyasuda.bsky.social · 18/08/2026京都・出町柳にはパレスチナ料理店「ビサン」があります。東京・十条のお店によく伺いますが、ファラフェルも、他のメニューもとても美味しいです。京都店も近々伺う予定です。お近くにお立ち寄りの方はぜひ。 www.instagram.com/bisan.kyoto/instagram.comInstagramCreate an account or log in to Instagram - Share what you're into with the people who get you. 19335
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 15/08/2026本のなかのどの絵も青を基調としていた。青は癒されないものをなだめる色だ。自分は反戦や平和ということばの連呼では生の重みが感じられない。正しさの側からではなく引き裂かれるような自分の間違いと罪から語り出さないものを信じられない。いつも正しさの側から話す大人たちと日常世界の欺瞞にうんざりした子どもの人たちにとっても読むにたえうる本。原題は「The Mozart Question」だが、邦題につく「おことわり」は予期の方向性をミスリードしそうだ。音楽家は主人公の目に循環しめぐりかえってきた過去を見た。 www.iwasakishoten.co.jp/book/b192788...iwasakishoten.co.jpモーツァルトはおことわり - 株式会社岩崎書店 この1冊が未来をつくるバイオリニスト、パオロがモーツァルトを奏でないのは、ナチス収容所の悲劇に理由があった。音楽と共に戦争を戦った人々を描く。 マイケル・モーパーゴ 作 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 01/05/2026本質的な平和や自由はない。 たとえどのような場所に生まれ、どのような状態を維持していても、誰もが戦争と植民地主義のなかに生まれており、戦争と植民地主義のなかで一生を終える。 平和や自由はだからこそ求められ、生きることを互いに値するものにするための価値となり、反逆としてあるのだ。 000
Reposted by エピローグ安田菜津紀 Natsuki Yasuda @natsukiyasuda.bsky.social · 01/05/2026水俣病の「公式確認」から今日で70年。長い記事ですが、今だからこそ読んでほしい。 水俣病事件を引き起こしたチッソは、植民地で危険なダム建設を続け、公害も引き起こしたと指摘されている。「朝鮮人はぼろくそ使え」という差別のまなざしは、水俣へと向けられた。それを利用してきた、日本政府の責任も。 d4p.world/33600/d4p.worldチッソの加害は植民地から引き継がれた――水俣と朝鮮、暮らしから見えるその歴史 | Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)※本記事では差別文言を記載している箇所がありますのでご注意ください。 ※戦前の日本窒素財閥を含め、チッソという呼称で統一しています。 子どもたちのにぎやかな声が、教室や校庭から風にのってかすかに届く。... 0200132
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 30/04/2026医療や福祉関係者が柔軟剤をプンプンさせている現状は早く終わってほしい。喉と頭が痛くなる。今はなんともない人も症状がではじめないとは限らない。自分も最初からそうだったわけではない。 shabonto.shabon.com/archives/col...shabonto.shabon.com先を歩く者の〈本気の姿勢〉を見せることで 次の世代を支えたいアーティスト 小泉今日子さん - シャボン玉石けんの読みものシャボンと。歌手、俳優、文筆業など、ジャンルを超えた活躍で人々を魅了している小泉今日子さん。デビュー以来ずっと第一線を走り続けるアーティストですが、私生活ではなんとシャボン玉石けん商品の愛用者だそうです。そんなご縁から、シャボン玉石 […] 010
Reposted by エピローグますやま @askrec.bsky.social · 16/04/2026京大吉田寮公式サイト 「吉田寮現棟建替え・現棟建替えにより創出される敷地の活用方針について」に対する抗議声明 www.yoshidaryo.org/archives/sei... "和解成立以降、吉田寮自治会として幾度にもわたり、耐震工事の検討状況を開示すること、および話し合いを再開することを求めてきたが、現在に至るまで当局から前向きな回答は得られていない。"yoshidaryo.org「吉田寮現棟建替え・現棟建替えにより創出される敷地の活用方針について」に対する抗議声明 – 京大吉田寮公式サイト 021
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 20/03/2026AIの表現のもとは人間のものなので、いわばそれがAIの人間らしさなのだろう。 フランケンシュタインの怪物が死体のつぎはぎでできているというのは原作の後に作られた改変らしいが、過去に人間が作ったもののつぎはぎ、過去の経験のつぎはぎ、過去の記憶のつぎはぎがAIの表現なのだ。死者の記憶に慰められているのでもある。良くも悪くも。 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 08/03/2026できるように なるためではなく できなくなるために わたしを変えないため わたしのふるえが 重ねられないように わたしを守りつづける盾が 構えていないところから 現実にであえるような 世界に身をあずけて 共感に満ち 正しい行動ができる マッチョになっていくのではなく ただできなくなる 気にしないままで 割り切ることも 軽くあしらうことも やり過ごすことも できなくなって 今までのように 強くあることも できなくなる 握って 安心していた手を 離された子どものように それまでのところに いられなくなって 耐えきれず 新しい手を 探しにいかずには じぶんが生きて いられなくなるように 010
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 24/02/2026まさにそれが自分の表現したい質であればそれでいいと思うが、希死念慮みたいなことばを自分にあてはめることで過度に圧倒されるのなら、厭世観といえばいい。よっぽど主体性や文化性が回復する。 成功体験なども変なことばで、手ごたえとでも言えばいいものをわざわざ考えをこじらす用語づかいをする弊害の大きさ。 000
Reposted by エピローグいずみのかな @runcoa.bsky.social · 24/02/2026専門用語が雑な一般化を経てクラスタのジャーコンになって、囲い込みあるいは排斥の道具になっちゃったのあるし…。エイブリズムも含めて本当にこの言葉は適切か、人と話してみるとき、もっと一般的かつ意味としてふさわしい言葉はないか、と立ち止まることも必要というの 0104
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 16/02/2026厭離穢土という考え方は、人間がいかようによいものを作ろうとしても、ここは汚れた世界であるので、良いものを作ろうとしても汚れたものを再生産することになるという徹底した全否定なのだときいた。 人間が本質を体現することができるという前提の社会設計に対して、それに疑いをもつのものとして、アナキズムを受け取っている。 たとえばボルネオのプナンのビッグマンというリーダーは、リーダーがおかしなことをしはじめると、言うことを聞いていた周りはすぐ逃散するので、強い悪が発生することができない。悪は強く大きく確かなものになれない。 本質を体現できない人間は本来的にはフェイルセーフの仕組みを作るのが妥当だろう。 010
Reposted by エピローグdragoner @dragoner.bsky.social · 14/02/2026Twitterの方に投稿しましたがこちらでも。 士郎正宗が珍しくメディアのインタビューに応じてAIを語った朝日新聞の有料記事、貴重なので2月15日16:37まで無料で読めるようにしました → 37年前の攻殻機動隊に現実は追いついた? 士郎正宗氏明かすAI論:朝日新聞 digital.asahi.com/articles/ASV...digital.asahi.com37年前の攻殻機動隊に現実は追いついた? 士郎正宗氏明かすAI論:朝日新聞AI(人工知能)をはじめとする技術と人がともに生きる世界を、37年前に描いた漫画がある。「攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL」(講談社)だ。その後、アニメ化されて世界的な人気を… 0300255
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 12/02/2026希望といわれるものの実態が、世界を他人まかせにしておいていい希望であり、面倒なことや自分が問われることは考えなくていい希望であり、自分が変わらなくていい希望だった。 他人が動かないこと、変わらないことに文句を言っていたものが自分の足元に火がついて、なぜ自分がさらにと思いながら動きだす。 動きだすことに足りていなかったのは、希望ではなく絶望だった。 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 12/02/2026緒方正人 「そういう制度社会自体がもう壊れてきている。崩壊前夜というか、その時に一人ひとりが絶望を認識するんで、私は絶望が個に返されている時代だと思いますよ。政党政治や労働組合にも不信感が強くなっている。組織運動も衰退の限り。逆のいい方をすると、個に返されているんだろうという気がします。「絶望が個に返されている」」 010
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 29/01/2026変化していくからだこそ 次の認識へと質的に 移り変わっていく知性 少し昔と比べると ネタバレをとんでもない マナー違反とみなす向きを ああこれはひとびとの 経験の求めなのだと 理解した 結末をあらかじめ 知らされることで からだは既知に とどめおかれ 感受性の更新プロセスが おこらない 昨今の大学では 先に答えを教えろ 無駄なことはいらないと 求められるというが 明確に経験を拒絶する対象と 熱狂的に身をさしだし 他人を強く牽制しても 経験を死守しようとする対象の この極端な差には 自身と乖離したアタマからの 働きかけを 自動拒絶するようになった 時代のからだが 反映されている 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 22/01/2026信念は思考に属するものではなく からだに属するものだととらえなおす 事実だろうな 現実だろうな とアタマで思っていることは からだにとっては まだ事実でも 現実でもない そういうことがおこるとは 予期していない からだがであったことが その人にとっての 事実となり現実となると そして変わっていくための 場と経験過程を得られなかったからだは 季節を過ぎても発芽する条件が 与えられなかった球根のように 生きていけるかどうかなど もはや関係なく生きられない場所でも 自殺的に発芽をはじめる 人間ももっとも幼稚で未分化な信念のまま 世界に働きける主体としての自身を 確認しようと暴走をはじめる 020
Reposted by エピローグ洛北出版 @rakuhoku-pub.jp · 03/12/2025すぐご近所の、麦丸京都(mugimaru kyoto)。お店をやめて引っ越しされました。店主は営業をつづけたかったのですが、不動産会社の「意向」によって、やむなく……。 町内(地域)に、もっとも貢献していたお店。町内の子どもたちを含めた多くの住民が、このお店から、助けを受けたり交流の機会を得たりしてきました。「いつもお世話になっております」は、たんなる社交辞令でなく、実際に、そうでした。 0279
Reposted by エピローグエミコヤマ @handle.invalid · 24/11/2025Kawika Guillermo著「Of Floating Isles: On Growing Pains and Video Games」 books.macska.org/e0u0 フィリピンとハワイというアメリカによって植民地化された2つのルーツを持つクィアで自閉者のゲーマー&ゲーム研究者の自叙伝。大乱闘スマッシュブラザーズの自キャラはピーチ姫。… 1194
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 16/10/2025がっこう しごと いくおみせ としょかん しやくしょ すいぞくかん こうしゅうといれ に ばす たくしー つりさげむしよけ しょうしゅうすぷれー しょっきあらい に せいはつりょう となりのいえ よこのひと そんなの わたしのせいでない それでも おなじくうきの なかにいるhttps://www.youtube.com/shorts/4NVIGzrVV_A 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 05/10/2025徳島の高齢者の自殺希少地域では、自分たちが直接に取り組むことに対してケチらずお金を払うが、赤十字のような、自分たちに関係のないところで使われる募金のようなものには使わない人の割合がアンケートで多かったという。 このことは、アタマやコトバで説得され提示される理念やイデオロギー、アタマのいい人、えらい人(つまり権威)の言うことに受動的・優等生的に従うことよりも実感と経験、身体性にもとづき生成的に自分たちで暮らしを作りだす営み自体が、多様性へ向き合い、寛容な空間を作りだすことを示唆していよう。 マクロないいシステムをつくりお任せ、がそもそも間違った前提で、経験する身体性が見出される必要がある。 020
Reposted by エピローグ遠藤まめた @mameta227.bsky.social · 12/09/2025【よければ広めてください】 LGBTの子ども若者支援をしている団体を運営している者です。 トランスジェンダーの子どもに関するひどい質疑で注目を集めようとしている議員が話題ですが、言い返すのもエサに食いつくみたいなのでこちらの方を拡散希望です。 今週末に盛岡で開催予定のイベント「安心 ・安全な場を作るために周りのおとなができること 多様な性/LGBTQを学ぼう」はアーカイブ配信もあります。 24zzz-lgbt.com/event/202509... また You Tubeで学べる無料動画も作成しています(要申込) 24zzz-lgbt.com/blog/materia... 続きます24zzz-lgbt.comにじーず|LGBT(かもしれない人を含む)の10代から23歳までの人たちの居場所LGBT(かもしれない人を含む)の10代から23歳までの人たちの居場所です。中学生、高校生も安心して遊びに来てね。東京、埼玉、札幌、京都、岡山で活動中。友達作ったり遊んだり悩みを話したりできます。 1307300
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 28/07/2025既存の秩序として大きな顔をしていたもの、正しさを自分たちに押しつけていたものがもう古いものであり、機能しなくなっていることは直覚されている。 今の支配的秩序は、一人一人が世界に素手で触れ直接にやりとりして関係性を変えていく主体であることを徹底的に疎外して成り立っているのはその通りだ。 疎外され、間違ったものを押しつけられ続けてきたことに対する復讐、意趣返しが前面に出る。 実感されない良いことや正しさではなく、まずはわたし自身が実際に実感する変化をおこすものが求められ、実感しないことを受け入れる優等生のアタマではなく、疎外され受動化され続けた結果の身体性の反動が優勢になっている。 020
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 27/07/2025ヴァージニア・ウルフ「戦争を阻止するためのわたしたちの最善の手助けとは、あなたがたの言葉を繰り返し、あなたがたの方法に従うのではなく新しい言葉を見つけ、新しい方法を創造することです」 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 10/05/2025キム・ジヘ『差別はたいてい悪意のない人がする』では著者が自虐的に謙遜しようとして自身を大勢の前で「決定障害」と呼んだ。 指摘されてようやく「障害」ということばをいわゆる健常者側が面白おかしく使っていたのだということに意識がいたるエピソードが紹介される。 この事例に限らず、自虐的謙遜をするときに、自分に対してだから何を言ってもいいだろうと油断するのだけど、自分に対する見方でもたとえば能力主義前提で「自分はこんなだった」「こんなです、ははは」ということは、他の人に対しても能力主義の視点で見ているよという表明だし、政治性として能力主義風潮を焚きつけてこそいても、全く消火はしていないだろう。 010
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 27/04/2025印籠をみせて締めていた時代劇の安心感は結局体制内におさまるというところなのだと再認識するのは、アクロバッティックな素敵対応やストイックな自己責任サムライを賞賛するおすすめつぶやきをアルゴリズムにみせられるとき。 その人が素晴らしいというところより、そういうあり方が増えれば構造を批判しなくてよくなるところに反応がある。それは批判したり八つ当たりをぶつけても自分の属する体制にさしさわりのない外国人にヘイト向かう心性と同じ。 010
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 17/04/2025人間はミノムシのようなものとよく思うが、そこらへんにあるもので自分の外殻を作っていく。 ことばを使い、ことばのうえでの信念を自分の信念とするのが時代の前提だが、ことばや考えもまた、ミノムシがそのへんにあるもので作ったミノと同じく、外殻であり、その外殻が自動化したものがことばで考える理性的主体・意思的主体としてのわたしだろう。 外殻自体に神経はなく、外殻はその意味でも外からの影響を遮断するためにある防壁である。このわたしとして認識される人間の外殻もまたその基本的性質は外のものからの影響を遮断する防壁としてあると考えれば、なぜ言っていることが伝わらないのか、頑なに変わらないのかが納得できる。 010
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 10/04/2025落語家のような語り口で政治や社会の風刺をする欧米のコメディアンのよう。一般に専門家でもなんでもない人がいうことは、世間からは「声」としてとらえられる。声というのは、意味や内容ではなく、身体的・動物的な五感のあらわれ。一方、専門家のいうことは声ではなく、理性的思考であり、信じるに足る現実として受け取られる。当事者や一般人の声は、専門家などの権威がそれを解釈して位置づけ、言い直してから、はじめて一般社会がまともに受けとるに値する意味内容になる。 100
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 18/03/2025人間が自然を逸脱した存在であるという言い方をよく聞くが、異常な状況になると選挙などしても自分もろとも滅ぼす人を選んでまるごと更新されようとする感じなど、とても自然ぽいような気がする。 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 12/03/2025緒方正人さんの本で「チッソはわたしであった」が有名だが、こちらは各所の講演録をあわせたもの。一方、「常世の舟を漕ぎて」はライフヒストリーに加えて緒方さんの思想が語られていて、どちらかというと「常世〜」のほうが一貫性があり、密度も高い。 検索をすると「チッソは〜」のほうはたくさん出てくるが、「常世〜」への言及は少ないのが不思議だ。一時期絶版していたこともあるのかもしれないが、ある種「水俣のことを読んだ」という動機で有名な本を読んで何がしかのカタルシスを得るのが目的であって、内容を受けとってさらに考えたいわけではないのだろうか。 010
Reposted by エピローグSad Juno @sadjuno.bsky.social · 01/03/2025同志社コリア研究センター | 同志社コリア研究叢書6『飯山由貴《In-Mates》の上映禁止が問いかけるもの:検閲/コロニアリズム/ジェンダー』 do-cks.net/works/public... 電子版一括ダウンロード可能。do-cks.net同志社コリア研究センター同志社コリア研究センターのwebサイトです。 112
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 07/03/2025このように考えてみる。人間にとって記憶とは、ハードディスクに個々のデータが雑多に収納されているようなものではなく、一つ一つが種のようなものであると。それぞれの種は、次の状態へと移り変ろうとする動機をもっている。移り変わりに必要なものは、それぞれの種が固有に求める経験の質だ。質こそが身体にとっての現実の経験となる。物語を読む人は、種である記憶が求める経験の質を得ようとしている。 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 07/03/2025自分を何と規定しているか、自覚している規定と無自覚の規定があるだろう。いろいろな不都合をおこすのは無自覚な規定のほうであり、これは変えにくい。 公的には差別に反対する人が親族の婚姻などにおいては差別感情を抑えられなかったりすることは、自覚的な思考と身体化した記憶との乖離といえるのではないか。 そのため理屈でのアプローチだけではなく、身体性を介在させる。具体的な状況に身を置いて、現在の規定を決定づけた過去の経験をよびおこしつつ、動きだした経験に「続き」を提供することで規定の意味は遷移する。 あらためて、経験とは自律的な変化や移り変わりのプロセスのことであり、それが人にとっての時間である。 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 04/03/2025かんせつかするとは けっきょくたにんごとに することであり あたまのもんだいに すること かんせつかされた だいきぼなしくみを いくらせんれんさせても せかいのせんさいな かさなりあいを じっかんすることから きりはなされた それぞれのひとが むせきにんかして やがていっきに くずれるのを まのあたりにしている じぶんごとにするとは かんせつかされた あたまのもんだいを じっかんする からだのもんだいへと ひとつひとつ ほんやく しなおしていくこと 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 04/03/2025たにんがどうこうではなく じぶんにちょくせつかかわり もはやこのままでは じぶんのいきていくことが なりたたないすいじゅんまで もんだいがやってきたとき ようやくひとがかわる それまでたにんのことを ほおっておいたひとたちが じぶんにあついひのこが ふりかかってきたときに しゃかいせいぎの すろーがんをかかげて みんなのもんだいにして ほかのひとを うごかそうとすることに うんざりしているむきも あるかもしれないが じぶんもひとも そのようにしか かわれないから 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 02/03/2025・・・たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。 さかなクン「広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。」・・・ 社会自体が監禁空間としての半面を持つということ。学校など一箇所に閉じ込められること自体がいじめや強い独裁的リーダーを作りだすことを認めることは既存の社会や世間には難しいだろうか。 www.asahi.com/articles/ASH...asahi.com(いじめられている君へ)さかなクン「広い海へ出てみよう」:朝日新聞■東京海洋大客員助教授・さかなクン 中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然… 021
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 28/02/2025傷は自分を追い詰めていき、また周りを不快に揺り動かす。やがて高まった圧は暴発し、周囲をまきこみ今まであったものや関わりを壊す。 と同時に、傷は関わるものたちに自分たちの現状のいびつさに向き合わせて、人を窒息させていくガスが充満する環境にもはや糊塗できない風穴をあけ、状況を不可逆的に更新してしまう。 傷は人間と人間の合意の外にあり、だからこそ人間同士では乗り越えられない欺瞞に人間を対峙させる。 傷とは個人のものではない。 傷は共同的なものであり、社会的なものである。 だからそれは社会に返されなければならない。 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 28/02/2025金子ふみ子 「たとい私たちが社会に理想を持てないとしても、私たち自身には私たち自身の真の仕事というものがあり得ると考えたことだ。それが成就しようとしまいと私たちの関した(かかわりのある)ことではない。私たちはただこれが真の仕事だと思うことをすればよい。それが、そういう仕事をすることが、私たち自身の真の生活である。」 「私はそれをしたい。それをすることによって、私たちの生活が今ただちに私たちと一緒にある。遠いかなたに理想の目標をおくようなものではない。」p222 www.instagram.com/p/DGm6WUzygP... 000
Reposted by エピローグmuchonov @muchonov.bsky.social · 25/02/2025日本女性学会2024年大会 分科会H(森田成也・中里見博ら、ポルノ・買春問題研究会が主体となったパネル報告『フェミニズムと表現・出版・学問の自由』) で、トランス差別的な主張や分科会運営がなされたことに対する、学会調査ワーキンググループの調査報告書。 (半年以上かけて、出てきたのがこれか…)という気持ちで読んだ。 joseigakkai-jp.org/wp/wp-conten...joseigakkai-jp.org 153
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 15/02/2025いかにも本当のもののようにみせるが胡散臭いことばとして「承認欲求」がある。本当に「承認」なのか。よしよしと言われてようやく満足するみたいなイメージだが、権威や上下関係を前提としている。 欧米由来のことばだったらこれは「伝統」的な父と子の関係の下敷きにしていないか。 あることばを受け入れることはその前提にあるイデオロギーを受け入れることになる。誰に認めてもらいたいのか? 具体的な対象に認めてもらわないと本当に次にうつれないのか? 自身にとって重要に思われる価値や感覚の共有とすると、権威や上下抜きにそこにある実態を受けとれる。 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 10/02/2025長田まち歩きをナドゥリ・ミュージアムの方にナビゲートしてもらった次の日の「港に灯りがともる」。一緒に行った友人がダメージを受けた。引き続いている社会構造や歴史的問題を生きていれば苦労があるよね、と都合よく帳消しにして、帰化を拒む人には「あかんもんはあかんのや」と言わせてその問題性を言語化させないままええ話にする。矛盾や亀裂をいちいちきれいに隠し、日本人に都合のいい一体性に導く周到な作りがえぐい。 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 08/02/2025アサダさんはある「共同体」と癒着し一体化している世間が今後与えてくるであろう「罰」を覚悟して、また「共同体」の罪を個としての自分が引き受けてアクションをおこされています。 まだ性暴力に向き合わないこの社会環境のありようを、ましてや福祉ということばを掲げる人たちの「善人の沈黙」を受ければ、性暴力を受けて傷つき不本意なまま生を終えた存在たちは死んでも報われないでしょう。 性暴力を経てなお必死に生き続けている被害者たちがいる場所もこの世の地獄です。放っておけばいつでも地獄になりうるこの修羅の世界に対峙する反逆が文化の本質ではと自分は考えます。 note.com/wataruasada/...note.comこれとそれとは別じゃない。性暴力の謝罪・説明なく福祉の祭典が開かれることについて。|アサダワタル(文化活動家)滋賀で今年も障害福祉の大きな祭典「アメニティー・フォーラム28」が開催される。怒りを感じる。何もなかったかのように開催されることがです。アメニティフォーラムの関係団体である社会福祉法人グロー元代表理事の北岡賢剛氏の性暴力・ハラスメント裁判の過程はリンク先を、またそのことやそれを取り巻く構造的な暴力についてアサダが意見してきたことは最下部にまとめてます。 以前にも書いたことを繰り返しますが、アメニ... 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 27/01/2025既存のものが不可逆的に破綻をおこしたときに新しいものが生まれるのであって、新しいものを生もうとしたから新しいものが生まれるのではない。 ただ、ある試行が結果的に既存の状況のどこかに不可逆的な破綻をもたらしたならば、新しいものを生むつもりだった試行が新しいものを生んだということにはなる。 試行錯誤の意味は、何かを一つ一つ完全に終わらせていくことであり、その結果できた新しい状況が新しいものを生む。 010
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 27/01/2025惨状に子どもがいる写真をみて、のうのうと暮らし大した支援もしない自分に圧がかかる。 それに対してまず出てくる反応がなぜこの世界に生まれてこなければいけないのか、という自他全否定の厭世感だが、圧に対しての自動的で欺瞞的な合理化でしかない。 自己完結で、罪責を緩和し一時的にいいことをした気分、あるいは使ってしまえとやぶれかぶれの解放を得るための寄付が現状の自分の実態だが、本質と自意識が一致しているという仮定がなければ、自分がどう欺瞞的であれ、金銭は金銭として自律的に機能する。悪いと感じてなくても人の足を踏めば謝るのが筋だ。 よって問題は自分をよく飾れない苦しみであり、苦しんでおけばよい。 000
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 15/01/2025自殺願望などと言わずいっそ厭世感といえば、距離の取り方も具体的な向き合いもしやすくなると思うが、「自己肯定感」と同じく疑似医学用語みたいなのを使うことであたかも自分がその事象を正確に把握しているかのような錯覚がでるからそのことばを気に入ってしまうのだろう。 010
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 09/01/2025身体性ということば、その中身は人によってまちまちだと思うが、自分は心と体を別々のものとするのが雑な分け方と考えるので、その「二つ」を分けないためのことばとして使う。冷静にみればそもそも体と独立してある「心」みたいなファンタジックな実体などなく体の派生的な現象があるだけであり、いうならば体を感情や感性、思考と切り離した機械としたい近代のイデオロギーが心身二元論といえるだろう。 100
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 20/12/20241人の人間のなかにいわば意思主体と経験主体の2つの主体があるとすると、経験とは何かがつかみやすいように思えた。 わざわざ分けるのは、意思主体が経験しようとして経験することは、あらかじめ自分を変えてしまう影響を受けない構えを作ってしまうから。 たとえば、階段の数を間違えて、最後の一段がまだあると思ったり、逆にまだ一段あるのにもう段はないと思って歩をすすめるとがくっとなるが、その体験を意識的にすることは決してできないはずだ。 経験主体は、必要な経験を得ると次の状態に遷移していくのだが、意思主体は経験プロセスをすすめるために、別のことに気を取られるなどして構えを失っている必要がある。 100
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 30/11/2024先日の街歩きワークショップ の際にいただいた フリーペーパーのなかには 9.29に行われた 青空ブックマーケットの フリーペーパーもあって そこには 「広がれ本、本はあなたです」 というキャッチフレーズがある キャッチフレーズの字自体が 絵のように描かれていたので いまこれを書いて 大きさも遊びもない 規格化された字体に なってしまうと 印象の落差が激しい 自分は「本」を 記憶ということばに 置き換えて 受けとってみた 死んだものと 生きたものの違い 生きたものの 死んだところだけ 殺して変わらなくなったところだけを 確かなものとして認定する 考えかたも幅をきかせている 100
エピローグ @stopgenocide99.bsky.social · 29/11/2024異世界転生譚が山と生まれているのに驚いたけれど、これは経験の疎外の反映と思う。必要な経験過程が得られない。 なんでも経験すれば経験なのではなく、自分の世界に対する感受性が次のものへ移り変わっていく経験過程を個々人は必要としているが、社会環境が何を評価するかは決まっており、また「将来のため」に与えられる義務で他のことに心をゆかせる余裕を奪われ、たとえ余裕があっても社会環境は同質化されたもので埋めつくされている。 世界をまた新鮮に感じる感受性の遷移の経験過程は与えられず、その経験の質は今の社会環境のものではない設定上の世界から代替的に得るしかない。 100