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鯖

@sabayasi.bsky.social
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思索っぽいことを書こうという意思がある

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鯖 @sabayasi.bsky.social · 14/09/2026
 結膜炎になってから一週間が経とうしている。目やにの量に限って言えばほぼ回復したようなものだが、視界はまだ霞む。ただ物を見る分には困らないが、文字を読むには心許ない。気力を使い果たしてまで読む気は湧かないので、本をあまり開かずぼんやり暮らしている。読み書きを遠ざけているから意識がぼんやりするのか、その逆か。何にせよ、目のピントが合ってるのか合ってないのかも曖昧な状態なので、常に物をはっきり見る気がしない。視覚情報によるストレスは減ったが、張り合いのない生活だ。物を見る上でこれくらいの状態が続いたらきっと思考も変わってしまうだろう。さっさと元に戻って欲しいので、目薬をしっかり日に四度打っている。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 01/09/2026
 今この瞬間は特に何もしたくないが、したいこと自体はあるという状態が慢性的に続いている。しかも、その内の幾つかはする必要がある。いつまでも何もしないままではいけない。しかし気が向かない。ずっと家にいる所為もあるかもしれない。とうに旅の疲れは取れているはずなのに、家から出よう気があまりしない。何か外からの要請があって外に行く必要がある方が、結果的に健全な生活が送れる気がする。学校は悉く嫌いだったが、それへの反発の所為で随分自堕落な生活を選んで送ってきてしまった。きっと気を抜けば延々とダラダラ出来てしまうだけに、このままではいけないという焦燥感に追われている。しかし、それにしても、何もしたくない。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 24/08/2026
 惰性でダラっと掃き溜めに向かって放言するような気持ちでツイートをしていたときの慣れが粗方抜け落ちてしまって、どうにもツイートをする気持ちにならない。普段はそれで一向に構わないのだが、告知ないし宣伝をしたいというこのときにこのままではいけないと思いもする。アカウント運用というのは大変なものだ。昨今の言論空間としてのSNSは厄介で、影響が大きいつもりで言うと意外と小さく、影響が小さいつもりで言うと意外と大きいなんてことがままある。全部を意識的にやると疲れるが、かと言って捨て鉢になってやれば痛い目を見そうだ。暫くは気が向かないので放置。正直シナリオの外のことなんて一ミリも考えたくはないのだが……。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 23/08/2026
 暫くぶりにまたここで投稿することにする、と言ってもどうせそう長くは続かないだろうし散発的に短文を投稿するのが精々だろう。それでも書いておくと後で見返したときに面白いこともあろうから書いておく。  夏の終わりでも充分暑く未だに冷房を切れない。そんな部屋の中でしているのはゲーム制作作業ではなく読書ですらない。専らゲームとツイッターである。この二つが楽しくない訳はないがそれも考えもので無職でありながらゲームのシナリオ制作というなすべき作業があるのにそれをなさずにいると焦慮の念に駆られて楽しいものも楽しみきれない。  なすべき作業があるだけで全てが億劫になってしまう。例えそれに向かおうと逃げようと。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 10/06/2026
 妹が扉をやや強めに閉めるときの風圧で鎧戸が揺れると疲れを感じる。リビングの扉の蝶番はいつからか滑りが良くなりすぎていて、ほんの微かな力で大きな響きを上げるのだ。もしかすると、何年か前に修理乃至工事をして、それで立て付けが良くなりすぎたのか。何にせよその風圧は凄まじく、朝でも夜でも必ず鎧戸を揺らす。夜の方がよく響くのは網戸をしているとはいえ、換気のためにガラス窓を開けているからだろう。バタンの後にすぐガランガラガラガラと鳴るので、和室で寝ている父はきっとまともに寝られないだろう。だから私が感じる疲れは父がいつ起きだし妹に注意をするのではないかという心労なのだろう。ただ、それだけとも言い切れない
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 12/05/2026
 構想だけ放っておいて「小説、書いてみっか」という気が湧いてくるなら良かったが、そうはなっていない。それどころか「小説なんぞ書いてやるものか」という気が強まっている。例えばこんな文章を書くにしても、個人的な美学に基づき小説みたいな書き出しをしてしまっていたら、すぐさま消しただろうけど、そうはならなかったからこれは良しとして書けている。やはり、日記をやめてしまったのが良くなかったのだろうか。兎角、誰にせっつかれるでもないので、だらだらゲームなどして過ごしている。面白く書ける気がしないし、書いてつまらなかったらどうしようと億劫がってしまい、今に至る。書いてすぐ栄誉が得られるならいいのだけれど……。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 13/04/2026
 近頃は友人の主催している同人誌の校正作業を手伝っている。慣れない大変な作業で、目が疲れる。気軽にやってはいるが殆ど労働みたいなものだ。そして、私は労働の経験がほぼ全くないので慣れない。まあ、それはいい。それはただ私が怠惰かつ虚弱だという話にしかならない。話そうと思ったのはその作業のことだ。  校正はつまらないというか──「というか」で動かしていい意味の幅について最近考えた……──少なくとも私には面白さは見出せない作業なのだが、そうでありながら気づくと一時間とか二時間とか経っている不思議な怖さがある。無心で黙々とやっていく内に麻痺にも近い疲労感が生じてくる。いや、その時に生じたのか、元からあっ
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 20/03/2026
 ほぼ毎日少しずつ母に朗読して読んでいる角田光代訳の『源氏物語』を「須磨」まで読み終えた。次は二巻最後の帖「明石」である。文庫本で読んでいるので全部で八巻あるらしい。アマゾンで中古を買ったからじきに三巻が届くはずだ。  妹が就職のウェブ面接をするため、度々パソコンを貸している。今日もそうだ。本来なら今は、ここのところ暫く見ている「アルスの巨獣」を見ている時間なのだが、仕方ない。仕方なくテレビで「呪術廻戦」の最新話をみた。「アルスの巨獣」も「呪術廻戦」も面白い。  今月末が締切の公募新人賞に小説を出したいが、中々纏まらない。ある程度の長さのある面白い小説を書きたいが、悩む前にまず完成させねばだ。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 15/03/2026
 ハーディの『日陰者ジュード』の文庫本を買って、40ページまで読んで思ったのは、これまでこうして色々読んで忘れてきてということだ。もっと意識的に再読をしなければなるまい。  先日、ボラーニョの「刑事たち」の冒頭を筆写したが、その部分の描写は細部まで覚えている。もっと書き写すことをした方がいいのだろう。  以前、ワシーリー・グロスマンの『人生と運命』を読み切るつもりで手をつけたのに、結局二巻の序盤から読み進められなくなり、諦めてしまった。  以後、何かを読みながらその時間の記録を取るのなら、再読書の方がいいのだろう。例えば、「ロベルト・ボラーニョを読む日々」とかを同人誌で出してみたくはある……。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 09/03/2026
 手癖で書いている雑文乃至思考の垂れ流しみたいなものばかり書いていると、損な気持ちになる。損な気持ちになりたくないから、ブルスカを離れていたのかもしれない。正確にはブルスカの投稿から、か。何処にも方向性が定まらない、凝縮も構築もされない文章をだらだら書いたって仕方ないのだが、自分の中にはそれを僅かでも肯定したい気があるようだ。無論、叶うことのない望みなのだが、それでもこうして横たわってスマホで書いている文章が何かであれば……。こんなことを考えていると、まるで自分が何者かになりたい者かのように思えてくるが、そういうわけではないはずだ。ただ、時間を無駄にしたということにしたくない、それだけなのだ。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 09/03/2026
 あだしごとはさておき、ぼーっとしつつも文フリに向けて原稿などをやっている。面白いような、難しいような……ただ、面白いような、難しいような、そんなゲームの新作(Slay the Spire 2、通称「スレスパ2」)に意識が囚われているだけで、原稿が進んでいるとは言えない。だから、「やっている」と言える状態が長引いているだけで、本当は何もやっていない、スレスパ2以外は、何も。意識が囚われているだけではなく、実際に何時間ものめり込んでいるのだから、言い逃れが出来ない。本当に面白いゲームだと思う。小説と違って、面白さ成分で脳の回路が焼き切れるような面白さだ。いや、そういう小説もあるのかも知れないが。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 09/03/2026
 持て余した時間で何をしているのか、ということまで言外に含んだ「最近何してる?」という友人の問いかけに対して、「何も」と答えたのは理由のないことではなかった。勿論、本当に何もしていないから、というわけではない。実際、私は「ぼーっとしてる」と二の句を継いだ。そう、ぼーっとしていたら時間が過ぎていくのだ、大変なことに。しかも、私はどうやら無職という状態に適性があるのかも知れず、というのもぼーっとすることが常態で、何も考えないのが苦ではない。こうして文章を書くか、人と話しているときだけ思考の流れらしきものがあるように思えるが、それも本当にそうなのか甚だ疑わしい。これでいいのか、いや良くない。本当に?
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 09/03/2026
 ツイートの量が減った割にブルスカでも特に投稿をせずに暮らしている。気づいた頃には過疎化しているかとも思ったが、まだ投稿しているフォロイーがそれなりにいる。過疎も活況も(身近には)なく、あるのはたたのんべんだらりとした比較的長めの文章群なので、文章を読む気になっていないときに開いてスクロールしていても、パッパとどれも読み飛ばしてしまう。情報中毒なのかもしれない。思えば、私はこれまで随分ブルスカについてブルスカで書いてきた気がする。ツイッターではなかったことだ。好むと好まざると拘らず意識してしまう、ツイッターの亜流としてのブルースカイが、私は存外嫌いじゃない。嫌いだったら投稿なんかしないわけだ!
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 23/02/2026
 マダミスのシナリオを組んでいる時の方が、小説を書いているときよりも圧倒的に楽しく、時間が過ぎていくのが早い。作業効率が良いわけではないが、そもそも応募用の小説に比べると、最低限必要な文字数が少ないため、楽というのもある。これまでに作った物は一万字前後で二、三時間のプレイだった。安直にマダミス製作者になりたいと思いもするが、小説をやりたくないわけではない。色々なことが落ち着いたらミステリ小説にでも手を出してみたいものの、新規に書き始めてばかりいると、今作っているものを疎かにしたり見捨てたりすることになるので、そう易々とは手を出せない。ただ数や量を作れる体力を身につけねばならないのも事実である。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 10/02/2026
 ツイッターではブルスカの批判を目にし、ブルスカではツイッターの批判を目にする。所属意識が党派性を生み争いを生む。どんなプラットフォームにも安住していないというつもりで使っているから、私としてはどこ吹く風で過ごしているが、これはこれで身の入った批判も礼賛も出来ないから良くないのかもしれない。とはいえ、私はただ個々のプラットフォームの利用者に過ぎない。かつてユーザー情報を漏洩したディスコードが顔写真か証明書の提出のないユーザーを未成年として扱うことについて嫌気が差さないではないが、ひとまずは受け止めておく。見切りをつけるのは容易に思えるが、私はあまりにも多くのプラットフォームに依存し過ぎている。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 10/02/2026
 障害者手帳の更新のために来た役所では、すべての窓口の呼び出し音がどれも同じでそれが絶えず鳴り響いているため常に気を張らなければならない。そればかりか、当然のことではあるが、職員の人らがハキハキとした喋り方をしてくるのが苦手だ。いつも自分がどれだけヘラヘラふにゃふにゃと会話しているかを思い知らされる。それが辛いというのではなくて、単純にハキハキをこちらにも催促されている感じがして空回りする。しかし、兎角手続きは済んだ。というか、手続きをするために知るべきことを知るという手続きを済ませた。カフカ的不条理を見に染みて感じるかと思ったが、いざ役所に出たときに思い出したのはダリオ・フォーの喜劇だった。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 27/01/2026
 引き続き『人生と運命』を読んでいる。339ページ、54個目の断片まで読んだ。314ページには、こうある。   「ユダヤ人よ、恐るな。恐ろしいことはなにもない。五分間──それで済む!」  すべて、すべてが従順さを生み出していた──希望のなさも、希望も。同じ運命の人々が性格も同じと言うわけではなかったのだから。  抵抗する意思を挫かれきってしまうほどの凄惨な世界では、人間は従順になるしかないのかもしれない。断章を経るごとに私は正に「これほどの犠牲が払われたのか」と愕然とする。死に限らず、生までも犠牲のように生きられたことに呆然とする。  読み易い訳文だが読むことがあまりに重くのしかかってくる。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 24/01/2026
『人生と運命』を52ページ、11個目の断章まで読んだ。一章あたりの長さはまちまちだが、総じて短く、モザイクアートのような印象を覚える。相変わらず人名も地名も頻出するので、よく近づいて見るとその細部の克明さに驚く。注釈も少なくない。それらの人名も地名も曖昧な理解のまま読んでいるので、後から事実確認テストのようなものがあっても、私はきっと碌に答えられないだろう。断章ごとに場面が切り替わり、読んでいる間の時間感覚は果てもなく攪乱される。入り乱れる波濤に押し流され、渦に巻き込まれ、溜まりに澱むように読んでいる。いや、「生きて」いるという言葉が大袈裟でなく相応しいのかもしれない。  幸か不幸か先は長い。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 23/01/2026
 ワシーリー・グロスマンの『人生と運命』の一巻を借りた。重いうえに人名やら固有名詞やらがドカドカ出てくる。容易には作中世界に馴染めない。長い時間をかけて、行きつ戻りつしながら読むのが相応しいような本なのだろう。それにしてもこの寒い中また図書館に返しに来るのは面倒だなと思いながらも、一応借りて帰ることにする。巻末にあるM・スミルノーワなる人の「『人生と運命』は読むのではなく、すべてはこんなふうではなかったと──現在あるもののためにこれほどの犠牲が払われなかったと──遠慮がちに願いながら、それを生きてみる本である。」(p.497)という言葉が気に入った所為かもしれない。それを生きてみるとするか……
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 08/01/2026
 ツイッターアカウントを公開設定にしたためあまりテキトーなことを呟けないが、これ幸いとディスコードの自分のサーバーで好き放題書き込んでいる。新たなチャンネルを作ったり、適宜細かな調整をしたり、やっていることがカフカの「巣穴」の主人公とどこか似ている。八割くらいは私の書き込みなのだが、たまに反応をくれる人がいて嬉しい。  私と話したことがあって、興味のある人がいればいつでも招待したい。大したことは言っていないし、たまに鬱になっているから、勿論好きに抜けてもらって構わない。  ここにこう書いているのは、段々とディスコードに隠遁しようという魂胆があるからで、そうなったときに人が多いと嬉しいからです。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 02/01/2026
 親戚の集まりがあり、大した発言をしていもいないのにどっと疲れた。複数人がガヤガヤしてきる場所も妙に距離感の近い親戚も苦手だし、家で集まりがあるので安全地帯がなくなるのが嫌だ。数年前はよく祖父と祖母が大喧嘩をしていたが、祖父が我慢するようになったからか、そういうよっぽど酷いことにはならなかったとはいえ、新年早々気の乗らないイベントだった。もう勘弁して欲しいが「年に一度だから」ということで、少なくとも家を出るまでは参加させられ続けるのだろう。もう来年のことが億劫だ。  寿司とお節を食べ飽きるほど食べ気づいたら寝ていた。時刻は十七時。早めに夕飯を済ませたら、気を取り直してWordファイルを開こう。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 01/01/2026
 新年に託けて外出を強いられかけたので、慌てて布団を被り石のようになっていたら諦めてくれた。また寝正月である。テレビをつけると「孤独のグルメ」の一挙放送が流れていた。なんとなく見るのに丁度良い。雑煮とお節を食ったのにまた少し腹が減ってくる。  なんかんだで年が明けてしまったので、貸出期間までに読んでしまおうと『最初の恋、最後の儀式』を読む。最初の短篇以外は今ひとつだった。ゆっくりパラパラと読み直して、次に読む本を選ぶ。『サハリン島』か『まっくら』か。  思えば良いものも悪いものも前年から持ち越してばかりだ。年が変わったくらいでは、変わらないものが多いということかもしれない。一先ず短篇の続きに取
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 27/12/2025
 こちらでも宣伝をします。数年かけて断続的に書いていた日記がこの度、『日記』として刊行されまふ。ここブルスカでの投稿も収録されているので、是非チェックしてみてください!  この度、佐波長太郎の『日記』が恥露離庵より刊行されます。是非、入手してください!  1/18(日)の文学フリマ京都で頒布します。  368ページ、2000円です。  ブース:恥露離庵【お-36】 x.com/saba_tyou/st...
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 27/12/2025
 忘年会が終わり、続けて行ったカラオケも済んで帰る段になると、友人の一人が「いやー、沢山飲んだ」と言った。朝5時を過ぎて体力の消耗が激しかった私はその場で何の反応出来なかったが、「沢山飲んだ」というよりも、「沢山の時間を過ぎて行った」と思っていた。目を瞑れば、長い時間の中であった幾つもの刺激──カレーの辛味、移動する際の体のだるさ、カラオケの音響、寒い外気、会話の波など──がバラバラに想起されるという状態で、感覚が何重にも折り重なりすぎたあまり、ただ疲労としてしか捉えられなくなりかけていた。だが、家に帰り着いてみるとそれは心地よい疲労感とも別な錯綜する身体感覚として良く思えるようになっていた。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 25/12/2025
 最低でも三百字は書かねばならないという意識が働いて、ブルスカに書き込む機会が減っている。言うほどのことは殆どない。言うことがあってもブルスカ以外の場所(Twitterや Discordでの書き込みや小説)で言うことが多い。書く場所が変わっただけではあるのだが、このままフェードアウトしていくのに一抹の寂しさを覚えもする。頭の中のノイズが減ったと考えれば良いことのような気もするが、単純に何も考えずに生きていくのはどうなんだ……? 人がそうである分には構わないが、自分は色々考えていたい。というより、色々益体もないことを考えるのが私だと私は思い込んでいるので、ただ変わりたくないだけなのかもしれない。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 09/12/2025
 妹の誕生日祝いということで、先日家族で馬肉を食べに行った。大変美味しかった。食べ始めてから気づいたが、来年は午年なので縁起が良いのかもしれない。それに、午年ということは、私は年男だ。縁起が良い気もするが、二十を超えてからというもの、歳を食うのはあまり嬉しくない。それこそ馬齢を重ねるというものだ。  一年はあっという間に過ぎてしまう。その割には夏と冬はやたら長く、中々去っていかない。暖房をつけないこいことには何も出来ない寒さだ。早く春が来てほしいが、春と秋はどうせすぐ去ってしまう。桜はすぐに散るし、きっも午年もぼーっとしてるとすぐに過ぎてしまうだろう。そういえば馬肉のことを桜肉とも言うらしい。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 30/11/2025
 ホットケーキの上でバターを溶かし、生クリームとラムレーズンも少し乗せた。普段は渋みが強くてあまり飲まない紅茶と合わせて食べた。当然美味しい。  Spotifyが私のために作ったプレイリストを流し、ぼーっと聴きながら過ごしていた。KIRINJI、笹川真生、ミツメ……。  母親に対して『海辺のカフカ』を朗読するのがここのところの習慣だ。欠ける日もそれなりにあったが、一日一章を読むペースだから、次で最後。  友人らとPodcastの収録をした。テーマのある会話をする機会はたまにしかないから、これはこれで楽しい。普段する、テーマのない雑談も勿論楽しい。  明日から師走、十二月で、明日は妹の誕生日だ。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 14/11/2025
 何も出来ない気分で、新シナリオが更新されたらしいブルアカに一先ずログインだけでもしようかと思ったが、一喜一憂するためにガチャを引いてるような友人を見ると、アプリを開く前から疲れてしまって、先延ばしにしてしまう。どうせ今やらねばならないことではないし、別にいいのだが、それはそうと疲れる。何に疲れているわけでもないだろうから、ただ体力がなく、無気力なだけという気もする。  複雑なことを語ろうとすると「だが」や「気がする」が増える。単純なことを「だが」や「気がする」で複雑に考えているだけ、なのかもしれない。  部屋の窓から、初冬の割には陽光が入ってきて温かい。少し眩しすぎるくらいだ。特段外に出たい
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 12/11/2025
 無限にほぼ近い有限回、同じような言葉を繰り返し続けている気がする。まったく同じではないだろうが、ほぼ同じようなことを、有限の人生で何回も繰り返しているとそれはもう軸みたいになってくるし、無限の世界になってくる。  有限の世界からどれだけ飛躍して見せるかというのに関心がある。天井のある部屋を宇宙に見せる、みたいな。今の自分に限界を感じるからこそ、そういう夢想を抱くのかもしれない。夢想でも現実観でもいいが、そういうの。  反復の持つ催眠あるいは暗示効果に惑わされていく。言っている内に私の中では本当になる。それが良いのか悪いのかは分からない。成長でも退化でもない、ただの変化という気がする……。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 12/11/2025
 一人で幾つかの立場を取って自分の発言に対してまた自分で反駁することを繰り返していると、何でも言えてしまう気がする。どの立場にも一面的な正当性はあり、その中からどれか一つを断乎として選び取れるほどの素地が自分にはない、と。  以前、村上春樹の小説か何かで「一般論ではどこへも行けない」だか「一般論だけではどこにも行けない」というような文を見て、引っかかりを覚えるか感心するかして、兎に角覚えているのだが、最近になってそれが身に染みて響いてくる。何でも切れる刀であらゆる物を切ってもそれぞれに対して適切な切り方を出来ているとは言い難いように、一般論と一般化は時に議論を後退させる。  しかしながら、同時
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 28/10/2025
 巨大な組織や社会体制に勝てっこないと思いながらも反感を抱く者は多い。個人では太刀打ち出来ないと思いつつも、それらに抗う人間の物語には心を打たれる。  アトウッドの『侍女の物語』は、社会体制が(悪い方向へ)進むところまで進んでしまった世界の話で、主人公は抗うことをしない。どんな種類の抗いも「危険すぎる」と考えざるを得なくなってしまっている。どうしようもなさの中を彷徨う読書を終え、どっと疲れる。存在を忘れていた、本来私が持つべき重い物を急に持たされたかのような、読後感だ。  果てのない迷路のような社会体制の中で、地図を読むことも、探すことも許されない。  言葉も声も封じられる。聖書内の文言を極め
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 25/10/2025
 纏まりのない文章ばかり書いているというのか、纏まりのある文章を書こうとしてもすぐにその均衡は崩れてしまって、纏まりがなくなるというのか……思えば日々の生活にも纏まりがないような気がする。例え、それまでの日々に纏まりを持たせるような結節点とも呼ぶべき日が数えるほどにせよあったとして、その後に続く多くの日は砕け、倒れ、崩れ落ち、弛み切っている。その連続を雑巾の如く絞って、僅かでも纏まりのある物を作るというよりも、その纏まりのなさにこそ魅力を宿らせていく方に今の私は興味があるのではないか。そう思うようになったキッカケの一つには、カフカの『城』があり、また他方には保坂和志の小説群がある。それに、今日
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 23/10/2025
 大した理由はないが、このアカウントは既に完結したつもりになっていて、そっと二週間ほど何の投稿もしていなかったが、何か纏まったことを言おうとするのにツイッターの140字では無理がある。それに放言するにしてもあまり良い環境とは言えない。それで、こうしてブルスカに舞い戻ってまでして書こうと思っているのは藤本和子の文章についてだ。無論、ブルスカに書く程度の散漫な物思いにしかならないだろうけれど、いつか纏まった物を書くためのメモとして書いておく。  彼女の文章に初めて触れた『イリノイ遠景近景』を読んでからというもの、私は度々友人らにこの著述家の魅力を伝えようとしてきた。近年になって活発に復刊や文庫化が
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 09/10/2025
 ツイッターアカウントを復活させた。今日ツイートしないことは出来てもずっとツイートしないことは出来ない。ツイッターをしていない人間に対する不信感もあるので、それがある内はツイッターをやめられない。ツイッターをまともに出来てないやつでも、ツイッターをやらないよりはマシだ。  最近はまともにコンテンツの話をせずに生活の話ばかりしていて自分でもつまらない。鬱がどうの、愛がどうの。これもまたnoteに纏めるけれど、何の意味もないのは明白だ。消極的に生きたり書いたりしている。  魂の根底の部分がずっと疲れていて元気がなく冷えている。魂の根底の部分をどうこうするのは大変なのでいつも見過ごし、絡め取られる。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 09/10/2025
 先日の投稿に見えない返信がついていて気味が悪かったので返信を不可にした。このSNSを、そもそも人とコミュニケーションを取るためにやってない。人とコミュニケーションを取るためにやっていたツイッターは先日アカウントを消した。アカウントを消しても現実はあるし、ツイッターで話すことがなくなっても、現実では何か言葉を発している。嬉しくないことだ。一生何も話したくないと決め込んでも、咄嗟の返事はしてしまうし、それで気が緩んで結局引きこもりにも成れない。現実という壁があってそれにぶつかって壊れる虚構という卵があるとしたら私は卵の側に立ちたい。しかし、どこかで信念が揺らぐ。それでも元の場所に戻るのが大事だ。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 07/10/2025
 高校の友達との間で私は厄介オタクとか捻くれオタクということになっていて、別にそこではそれでいいんだが、オタク以前に厄介でも捻くれでもない人間なんて……という思いも、当然ある。別に厄介だったり捻くれだったりしていればいいという話でもないが、個人的には空虚でないだけマシだとは思う。  これは色んな色がある地獄がいいか、一切色がない天国がいいかみたいな問いにもすり替えられそうだし、或いは都会の鼠か田舎の鼠か、ということになるのかもしれない。当然私は都会の鼠がいい。要は個々の考え方次第なんだが、それでも一考の余地があるのに、してない人が多過ぎないか?とは思う。言葉の誤用なんかよりもよっぽど気に障る。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 04/10/2025
 アニメ映画の「チェンソーマン レゼ篇」を見たのは昨日のことで、寝て起きると激烈な昂りや衝撃は無くなっていた。それでも人生は続く。私の生きている風景にはレゼも、かつて人生で会った女の人も、当然いない。それでも人生は続く。  起きてから1/4になったチーズパンとジャガイモパンを食べた。ベーグルをコーヒーで流し込み、食べた。仮眠を取り、昼食を摂った。書店に行き、『中国行きのスロウ・ボート』を買ってからサブウェイでパーティトレイのAを頼んだ。「中国行きのスロウ・ボート」を読み終えると、丁度出来上がったのでそれを持ち帰った。小雨が降っていた。ずっと降っているようだった。  早く小説を書かねばならない。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 02/10/2025
 いい加減意味のありそうなことばかり言うのは止してこのアカウントも妄言や発狂を垂れ流すだけのアカウントにしようかと思っている。というよりも、妄言や発狂を堰き止めてわざわざ意味っぽい文章を書いたところで何の意味もない。素朴に下ネタや汚言を吐かないと実存が崩壊してしまう。とはいえ、下ネタや汚言を吐くことにも飽きている節はあり本当は言いたいことなど一つもない。ただ叫んだり喚いたりしたいだけだ。つまらない。こういう投稿自体をしてしまうこと自体前置きみたいでつまらない。生きる意味がない。書く意味がない。意味がないだけならいいが辛く苦しい。でも辛く苦しいのは治らない。何かをしたりやめたりしても、治らない。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 01/10/2025
 生きることは苦しいが仕方ない。服を着替え、ベルトを締める。壁に掛けてあるショルダーバックを取る。  いつも使っている水筒を洗っていると内部に錆っぽい汚れが付いていた。よく磨いたが上手く落とせない。取り急ぎペットボトルに麦茶を入れて持って行く。  普段履いてる靴は履きやすいが水が染み通ってくるので、水が入ってきにくい方の靴を出す。靴紐を結び直して履く。  外は涼しい。ノートと文庫本をジップロックの袋に入れて来たが、思った程は降っていない。折り畳みでもいい気はしたが、取り敢えず長傘を持って行く。雨はいつ強まるか分からない。  慣れない靴なので疲れるし単調な道のりだが歩くのは楽しい。ミスドへ行く。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 01/10/2025
 雨の所為か起きるのがいつもより一時間遅くなった。調子が狂い、ミスドに行けない。ここ数日ほどミスドで小説の作業をしていた。行くのを諦める。  雨で狂う程度の習慣なのだから、今行ったところでいつかはどうせ崩れたはずだ。面倒でも行くべきではあるが、面倒なら行かなくてもいい気もする。いや、面倒な記憶が習慣に付着してでも、それを跳ね返すくらいの力がないなら、習慣にもならないし、小説も書けないのかもしれない。  でも、行かない。面倒だし、疲れてる。  家で出来ることをやろう。パソコンにノートの文字を起こす。静かに読者に集中する。ノートだって、家でも書ける。でも、すぐに力が萎んでしまう。行くのに徒歩で三十
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 25/09/2025
 進歩がない。退歩もない。色々やったつもりが、同じところをぐるぐると回っている感覚だけがある。でも、時間は前に進んでいるから、それで言うと退歩なのかもしれない。堂々巡り、千鳥足。楽しいことも苦しいこともあるけど、それだけ。それだけでいいのだけど、満足したり充足したりはしない。それでいいのかもしれないけど、それは本当に楽しいわけでも苦しいわけでもない気がする。いい、って何が基準のいいなんだろう。本当に、ってのもないのだろうか。言葉尻だけのことしか言っていないから、言い訳がましい。言葉尻か女の尻しか見てない。それもちゃんと捕まえられていない。そんな人生ないし生活だから、進歩も退歩もないのは当然か。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 16/09/2025
 長いこと小説を書いていない間にWordの執筆画面に立ち向かうこと自体が難しくなっていた。以前はそもそも「立ち向かう」なんて意識だったか、どうか。覚えていない感覚のことなので覚えていない。それは、鬱になる前の自分と鬱になった後の自分がすっかり断絶しているかのように認識してしまうのと同じ感覚だが、それほど深刻ではないはずだ。とはいえ、自分の力を活かすためにもやらねばならないことを出来ないのは苦痛で不満が残る。仕方ないので、取り敢えずWorkflowyで未執筆部分の案を練り直すことにする。改稿のためには欠かせない作業だが、どうも煮え切らない、前に進んでいる気がしない感じで実際の作業量よりも疲れる。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 15/09/2025
 昨夜にかねてより予定調整していた身内とのマダミスを執り行い、大過なく進められた。安堵したが無論反省点もあった。話が複雑すぎる割に情報が少なかったのが、今回の一番の反省点というか、改善点だろう。あまり情報が多すぎてもプレーヤーの頭がパンクするかと思ったが、情報ないところを埋めるためにも頭は使うため、ならもう少しプレーヤーを信じて情報を出しても良かったな、と。また、情報が確たる証拠ではなく、陰謀論の種としてしか機能してない面もあり、これはその手探り感が楽しみにも繋がるから難しいが、まだ良くできる余地があると思った。とはいえ、感想戦含めて五時間、それなりに楽しんでやってもらえたので良かったとする。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 12/09/2025
 友人らと能二つと狂言一つを見た。能は迫力があった。自分の耳がまだ慣れていない所為もあって、内容理解は文章を読んでる時ほど出来なかったが、地謡の迫力があった。静かに始まって、途中からほぼずっと地謡が発声し続けて、静かに終わる。それまでリズムを刻んでいた鼓も地謡も退場した舞台を見ると、改めて不思議な表現形態だと思った。狂言は話すスパートが能のようにゆっくりではないため、圧倒的に聞き取りやすく、また面白がりやすい感じもあった。ここが笑いどころですよ、というのも観客の反応から分かる。能二つと狂言一つを見て、途中の十分休憩があったとはいえ、かなり疲れた。地下の能楽堂から出ると外は暗く、雨が降っていた。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 09/09/2025
「所詮はSNS」という思いがあるにしてもないにしても、SNSに対してもう少しみんな考えた方がいいんじゃないかと、周りの人々を見ていて思う。何も本気で取り組もうと肩肘張る必要はないが、漫然と続けるのも良くない。最初はどこでもいい場所として何かのSNSを始めるのは結構だが、選んで他ならぬその場所に居続けているのなら、各々の意思の関わった決定なのだから責任を持って投稿して欲しい。投稿もちゃんとその人のバリューを出して欲しい。ツイッターの投稿を外部ツールを使ってブルスカでもするなんて言語道断、というか意味がないと思う。なんのためにやるんですか?と。文章を書くのに拘らずとも、何かを始める動機なんてささや
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 08/09/2025
 愚かな人間自体が好きなわけではなく、自らの愚さと向き合う過程を経た人間がそれでも愚かさを捨てられないのが好きだ。単純に愚かな人間は愚かなだけで見苦しいが、洗練された中に愚かさがあると人間味を感じられて嬉しく思う。元の愚かさから完全に抜け出てしまうのも好きじゃない。  しかし、これは自分が人間の背後にある物語を過度に神聖視し過ぎている所為という気もする。別に向き合うことが良いのか分からないし、自分の思ってる向き合いが本当に向き合いなのかも分からない。  ただこのままでは、ありがちな物語に毒された一読者的な平凡な感慨でしかないから、こういうところからどう発展させ逆手取るかを考えなければならない。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 03/09/2025
 話したことはないがフォロワーの人がやっている「文芸誌 空地」という同人誌のポッドキャストがスポティファイで聴けるので、クッキークリッカーをやりながら数話聞き始めていた。同人誌の方を持っていないが、段々読みたくなってくる。焼き魚を綺麗に食べるコツは骨の構造を理解した上で大きい骨は避けつつ、小さい骨は我慢して食べるという話をしていて、それを人間関係のアナロジーとして語っているところが面白かった。印象的だったので、人とスペースでの会話でその例え話をしたが、完全に剽窃なので申し訳なく思った。思えば殆どの放言や失言は訂正することが出来ない。過ぎてしまったことでもあるし、覚えられていないことがままある。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 03/09/2025
 今日は何も読まなかった。神林長平の『魂の駆動体』というSF長編をブックオフで買った。友人に奢ってもらってラーメンを食べた。昨日はゴンチャロフの『オブローモフ』上中下巻、柞刈湯葉の『人間たちの話』、長谷敏司の『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』を買った。トンカツを食べた。その何日か前の日には『第三帝国』が届いた。その前にも虚淵玄の『鬼哭街』を買った。ヘンリー・ミラーの『北回帰線』と梨木香歩の『沼地のある森を抜けて』。買った日もあった。何を食べたかは覚えていない。先月のブックの日にはブックオフでゾラ・ニール・ハーストンの『マグノリアの花』、カルロス・フエンテスの『澄み渡る大地』を買った。食べた。
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 03/09/2025
 クッキーを増やし、クッキーの生産能率を上げる施設を買い、クッキーをひたすら増やしていく「クッキークリッカー」というゲームを長らくやっている。クッキーの生産に関わるミニゲームや幾つかの煩瑣で複雑なシステムがあるが、要はクッキーを作っていくことだけが目的の虚無ゲーだ。鬱の波に呑まれて物語を摂取する力がないときに再開してから、また暫くやり続けている。鬱の波自体は鳴りを顰めても、その余韻というか、後片付けのようにクッキーを作り続けている。特に面白くないゲームだが、色んな意味が見出せてくるときもある。鬱が激しいから何にでも意味を見出そうとしてしまうだけなのだろうが、その感覚込みでつまらなく、そこそこや
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鯖 @sabayasi.bsky.social · 03/09/2025
 社会人や学生の休暇と衝動にも似た熱い雰囲気による思い出作りの季節としての良い夏はあっさり消えていく。それに対してただ暑く汗をかくだけの夏、虫が出たり食べ物が腐ったりする方の悪い夏は中々終わってくれない。終わらない内に冬になっている。秋はその姿をやがては完全に消すかもしれない。消えることで、季節として高みに押し上げられる感じもあるが、秋だって夏と同じで味わうものだから、消えられたら困る。自分としては夏の間延びした時間感覚と身体感覚が苦手なので、冬の方が好きだ。別に待ち遠しいという程でもないし、思えば思い出は大抵季節でなく人に帰属させて覚えている節がある。未練が残るのもいつも人間に対してばかり。
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