プレイヤーがどういった選択肢を採るかによって主人公への印象が変わるのが、どう生きるかによって表層に出てくるペルソナは千差万別だよな、ということ体現しているように感じて好き。こういうシステムのゲームは数あれど、「ペルソナ」と題するゲームにおいて、自己投影以上の意味を感じるなと思う。だからこそ異聞録での「お前の心の中には幾千幾万のお前がいるんだよ」という発言は、プレイヤーごとに主人公像は違っているけど、それら全部が間違いなく"主人公"で、表出したペルソナが異なるにすぎないという意味であり、3〜5プレイして受けた印象は間違ってなかったのだと思えた!