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dionysisch

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読書のメモ、覚書用

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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 04/06/2026
”ぼくらは、人間であることをさえわずらわしく思っている。ほんものの、自分固有の肉体と血をもった人間であることをさえだ。” #ドストエフスキー
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 24/05/2026
”「運命が私に恵んでくれなかったおかげで、私は私自身を見出した。そして私は今やもう十七である」”   #金子文子
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 24/05/2026
”たとい私達が社会に理想を持てないとしても、私達自身には真の仕事というものがあり得ると考えたことだ。それが成就しようとしまいと私達の関したことではない。私達はただこれが真の仕事だと思うことをすればよい。それが、そういう仕事をすることが、私達自身の真の生活である。”   #金子文子
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 24/05/2026
 ”「私は人間の社会に対してこれといった理想を持つことができない。だから、私としてはまず、気の合った仲間ばかり集まって、気の合った生活をする。それが一ばん可能性のある、そして一ばん意義のある生き方だと思う」と、初代さんは言った。” #金子文子
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 24/05/2026
 ”『民衆のために』と言って社会主義は動乱を起こすであろう。民衆は自分達のために起ってくれた人々と共に起って生死を共にするだろう。そして社会に一つの変革が来ったとき、ああその時民衆は果して何を得るであろうか。  指導者は権力を握るであろう。その権力によって新しい世界の秩序を建てるであろう。そして民衆は再びその権力の奴隷とならなければならないのだ。”   #金子文子
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 23/05/2026
 ”私は私自身の仕事をしなければならぬ。そうだ、私自身の仕事をだ。”   #金子文子
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 23/05/2026
 ”私はあまりに多く他人の奴隷となりすぎてきた。余りにも多く男のおもちゃにされてきた。私は私自身を生きていなかった。”   #金子文子
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 23/05/2026
”人々から偉いといわれることに何の値打ちがあろう。私は人のために生きているのではない。私は私自身の真の満足と自由とを得なければならないのではないか。私は私自身でなければならぬ。”   #金子文子
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
全てを突き放し、何もかも捨てる覚悟ができていれば、風のように自由でいられる。なんの後ろ盾もないし、守るべきものもない。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
 然し、生きていると、疲れるね。かく言う私も、時に無に帰そうと思う時が、あるですよ。戦いぬく、言うは易く、疲れるね。然し、度胸は、きめている。是が非でも、生きる時間を、生きぬくよ。そして、戦うよ。決して、負けぬ。負けぬとは、戦う、ということです。それ以外に、勝負など、ありやせぬ。戦っていれば、負けないのです。決して、勝てないのです。人間は、決して、勝ちません。ただ、負けないのだ。  勝とうなんて、思っちゃ、いけない。勝てる筈が、ないじゃないか。誰に、何者に、勝つつもりなんだ。   #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
人間だけが地獄を見る、然し地獄なんか見やしない。花を見るだけだ。   #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
 自分という人間は他にかけがえのない人間であり、死ねばなくなる人間なのだから、自分の人生を精いっぱい、より良く、工夫をこらして生きなければならぬ。人間一般、永遠なる人間、そんなものの肖像によって間に合わせたり、まぎらわしたりはできないもので、単純明快、より良く生きるほかに、何物もありやしない。  文学も思想も宗教も文化一般、根はそれだけのものであり、人生の主題眼目は常にただ自分が生きるということだけだ。   #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
 人間は何をやりだすか分からんから、文学があるのじゃないか。歴史の必然などという、人間の必然、そんなもので割り切れたり、鑑賞に堪えたりできるものなら、文学などの必要はないのだ。   #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
悲しみ、、苦しみは人生の花だ。 #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
 私はただ、私自身として、生きたいだけだ。   #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
無理に幽霊をでっちあげ、そして自分の本当に心と真に争う、自分の幽霊と命を賭しても争うという大事なたった一つのことが忘れられているのだ。   #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
人間と人間、個の対立というものは永遠に失わるべきものではなく、しかして、人間の真実の生活とは、常にただこの個の対立の生活の中に存しておる。ー しかして、この個の生活により、その魂の声を吐くものを文学という。 #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
 人間の、又人性の正しい姿とは何ぞや。欲するところを素直に欲し、厭な物を厭だと言う、要はただそれだけのことだ。好きなものを好きだという、好きな女を好きだという、大義名分だの、不義は御法度だの、義理人情というニセの着物をぬぎさり、赤裸々な心になろう、この赤裸々な姿を突きとめ見つめることが先ず人間の復活の第一条件だ。そこから自我と、そして人性の、真実の誕生と、その発足が始められる。  日本国民諸君、私は諸君に日本人、及び日本自体の堕落を叫ぶ。日本及び日本人は堕落しなければならぬと叫ぶ。   #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充満していた。ー ー 偉大な破壊、その驚くべき愛情。偉大な運命、その驚くべき愛情。それに比べれば、敗戦の表情はただの堕落にすぎない。 #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
僕は全身全霊をかけて孤独を呪う。全身全霊をかけるが故に、又、孤独ほど僕を救い、僕を慰めてくれるものはないのである。この孤独は、あに独身者のみならんや。魂のあるところ、常に共にあるものは、ただ、孤独のみ。 #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
武蔵野の静かな落日はなくなったが、累々たるバラックの屋根に夕陽が落ち、埃のために晴れた日も曇り、月夜の景観に代ってネオン・サインが光っている。ここに我々の実際の生活が魂を下している限り、これが美しくなくて、何であろうか。 #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 30/04/2026
 言葉を芸術ならしむるものは、言葉でもなく知識でもなく、一に精神によるものであるが、併し精神を精神として論ずることは芸術を説明する鍵とならない。   #坂口安吾
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 04/04/2026
 日本に必要なのは制度や政治の確立よりも先ず自我の確立だ。本当に愛したり欲したり悲しんだり憎んだり、自分自身の偽らぬ本心を見つめ、魂の慟哭によく耳を傾けることが必要なだけだ。自我の確立のないところに、真実の道義や義務や責任の自覚は生れない。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 03/04/2026
「ホメロスにとって色彩は事実ではなく心象である。色彩を描写する言葉は、自然の対象物から借用した比喩の言葉である。色彩語として定まったものはない。自分自身のために語彙を選択する仕事は、真の詩人の天才にゆだねられる。」
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 24/03/2026
「現実から遊離せず、現実を踏み越える」力 ー それはドン・キホーテに、スペイン人に天が与えた才である。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 24/03/2026
パンはパン、ワインはワイン Al pan, pan y al vino, vino
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 24/03/2026
ラーラの人生はスペインとともにあった。この国の人に受け継がれた途方もない想念力は、ラーラをして「人生を夢」たらしめ、一つの劇となした。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 24/03/2026
「人の心は、何ものかを信ずる必要がある。信ずべき真実がないとき、人は嘘を信ずるのだ」
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 23/01/2026
 要するに、生きることが全部だというより外に仕方がない。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 23/01/2026
 だが然し、持って生まれた力量というものは、今更悔いても及ぶ筈のものではないから、僕に許された道というのは、とにかく前進するだけだ。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 23/01/2026
こんなに空虚な実のない生活をしていながら、それでいて生きているのが勢一杯で、祈りもしたい、酔いもしたい、忘れもしたい、叫びもしたい、走りもしたい。僕には余裕がないのである。生きることが、ただ、全部なのだ。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 28/12/2025
第一に、鼠色は「深川ねずみ辰巳ふう」といわれるように「いき」なものである。灰色は飽和度の減少、すなわち色の淡さそのものを表している光覚である。「いき」のうちの「諦め」を色彩として表せば灰色ほど適切なものはほかにない。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 28/12/2025
 第一に鼠色、第二に褐色系統の黄柄茶と媚茶、第三に青系統の紺と御納戸とである。  「いき」な色彩とは、まず灰色、褐色、青色の三系統のいずれかにか属するものと考えて差支えないであろう。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 28/12/2025
按ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 20/12/2025
 先づ三ヶ日を遊ばんか、遊ぶべきに遊ばざるは、天の時を私する者なり。七日迄遊べ、十四日迄遊べ、廿日迄遊べ、まゝよこの一月を遊べ。一年、一生を遊び通すも、天は租税を徴し給はず。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 18/12/2025
ただ誠実にみずからと向き合い、自分の性格をすべての点から丹念に調べ尽くさなくてはならないのだ。そうすることによってはじめて人は、みずからを律するという重荷を思いのままに担うことができるようになるのだから、それは他者のためであるのと同時に自分自身のための行いでもある。  重荷を担うかどうかは本人にゆだねられているが、この重荷こそ愛を定める”十字架”にほかならない。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 18/12/2025
自分が何者であるかを知り、その強さ、弱さを掛け値なしで判断し、みずからの根元に横たわる本能や性向を真に支配する力をわがものとするのは人生におけるもっとも崇高な挑戦でもある。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 14/12/2025
派手は自己から出て他へ行く存在様態、地味は自己の素質のうちへ沈む存在様態である。自己から出て他へ行くものは華美を好み、花やかに飾るのである。自己のうちへ沈むものは飾りを示すべき相手をもたないから、飾らないのである。 #「いき」の構造
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 13/10/2025
平凡なる願いひは聴かれざるものなり。平凡なる願ひのために、平凡ならざる闘争をつゞけて、人は顧みざる者なり、憚らざる者なり、怪しまざる者なり。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 14/08/2025
起こったすべてのことに通底しているのは「託される」ということだと気づいた。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 13/08/2025
流行は流行によって乗り越えられていきます。人間の本質はそう変わらないとすれば「不易」にこそ根源として、絶えず戻るべき地平はあるはずです。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 11/08/2025
 作家は孤独なものです。何のために、誰のために描いているのか、何者なのか?という根源的な問いかけを忘れてしまった作家、組織の中や、社会的評価に安住しようとする作家にはまったく興味が持てません。  創造に命をかけて向かいあう孤独な営為に共感をし、評価し、力になりたいと思っています。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 11/08/2025
音楽も美術も文学も、私にとっては慰めに遠く、時に刃です。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 10/08/2025
私は無力を承知で小石を投げている。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 03/07/2025
肉体の自由を奪われた人間に残された自由は思考や想像のみであり、文字であれ絵であれそれを紙の上に表すことは、自らの存在を確認し、理性を保つ唯一の手段となっているのだ。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 03/07/2025
 いったい、美術にどれほどの力があるのだろうか。  心に余裕のある平和な者には美しく有意義なものであっても、この世に絶望した、終わった者にも何か作用することがあるのだろうか。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 12/06/2025
もし神が人間の祈りをそのまま聴き届けていたならば、人間はすべて、とっくの昔に亡びていたであろう。というのは、人間はたえず、たがいに、多くのむごいことを神に祈ってきているから。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 07/06/2025
原子は、空虚を全く含まない堅固な物体であり、空虚は不可触的な実在である。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 07/06/2025
美とか、諸徳とかその他この種のものは、もしそれらが快を与えるならば、尊重さるべきである。だが、もし快を与えないならば、それらにわかれを告ぐべきである。
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dionysisch @nous-et-psyche.bsky.social · 07/06/2025
心境の平静と肉体の無苦とが、静的な快である。これに反し、喜びや満悦は、動的な現実的な快と見なされる。
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