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日下部克喜

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Katsuyoshi Kusakabe | 文筆 Writer | 映画祭 Film festival | 猫 friend to cats | 思考空間 cat≒137 主宰

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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 13/09/2026
昨日は打ち合わせが2件あって、ひとつはアナキズムについての上映企画、もうひとつは私にとって全く未知の、文芸誌みたいな何かを自治するプロジェクトについて、相談と依頼。フランス文学と表象文化論の専門家で、私が学部生の頃に教養でフランス語を習った、思えば古い付き合いになった先生(学長を退職されてから、ずいぶん暇になったというが、カンヌ映画祭に行ったり、なんやかやと色々引っ張り回されているそうな)。自邸にお招きいただき、昨日から煮込んだというカレーをご馳走になる。深みのある味わいは鶏ガラを効かせたとのこと。カレーを食べながら、小説や詩作について話などした。私も誰かのために、カレーを煮込もうと思った。
040
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 13/09/2026
来年の開催に向けて、今年も作品募集が始まっています。奮ってご応募ください。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 13/09/2026
のびーる、おはようございます。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 13/09/2026
まさに五十の手習いで、シンセサイザーを買って曲づくりなどはじめてみた。たのしい。
000
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 10/09/2026
この世界には理性と知性と良心が必要だ、などと改めて言わなければならない世界になってしまった。
000
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 05/09/2026
ペドロ・コスタ本人から「映画には愛が必要だ」と言われたその日から「愛」という言葉を特別なものと思うようになった。日本語の「愛」は手垢にまみれていて、本来持つべきものとは違う意味で流通しているように思えて、それまでは冷笑的な付き合い方だったが、それ以降、ずっと「愛」という言葉を考えるようになっている。それは私の「生」を考えることと同義だ。愛は必要なのだ。
000
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 05/09/2026
3週連続10000字論考締切を乗り越えて、ようやく日常生活に戻りつつある。一緒に生活していて体はそこにあっても、思考と共に「私」自身が遊離していたから、「私」はいなかったのだろう。妻が「おかえり」と言ってくれた。新聞なので早速全て世に出たが、ほどよく評判良いらしく安堵。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 02/08/2026
昨日の上映イベントはおかげさまで多くの人に来場いただき、トークも大変充実した内容で、怪異や妖怪をドキュメンタリー映画を通して考察して、そこに女性性やジェンダーの問題をみながら、弱き者の声にならない声に耳を澄ますことに意識を向けることができた。上映企画は、どんな作品をどんな並びで見て、誰とどんな対話を交わすか、そこから批評性が立ち上がってくるものだと思っているので、その意味でも充実したものだったと思う。日頃からお世話になっている人たちが駆けつけてくれて、楽しんでくれたことが何より嬉しかった。
031
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 30/07/2026
おっぴろげねこ
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 29/07/2026
ここ(青空)はどこか牧歌的な雰囲気があり、他者を気づかう優しい声や、なによりまだ理性が息づいている。流れてくるのは猫と花と本の写真ばかりでそれがなお良い。
020
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 29/07/2026
企画コンセプトと上映作品の選定、ゲストの人選などを担当した夏にぴったりな上映会がこの週末にある。弱き者の声にならない声、社会から抑圧されて見えなくされてしまっている苦しみや悲しみ、それらが「妖怪」を通して見えてくる、韓国、日本、台湾から届いた3作品。この世とあの世、ドキュメンタリーと劇映画、その境界にひっそりとただずむ「何か」を見つめ耳を澄ます豊かなひととき。韓国『妊娠した木とトッケビ』、日本『日本妖怪伝サトリ』、台湾『炭鉱奇譚』。8月1日午後1時20分から山形市民会館小ホールにて。上映後には、国際日本文化研究センター教授の安井眞奈美先生と怪談作家で小説家の黒木あるじさんによるトークもあり。
030
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 28/06/2026
濱口さんの『PASSION』の後半、工場脇の道路でのシーンで、ビックリするようなタイミングで大型トラックがキャメラに映り込んでくるのが、この映画を特別なものにしている要因とひとつであると断言できるが、あれは全くの偶然だったとのちに濱口さんが語っているのを聞いた。私は東京FILMeXで見てこれに感動して、この作家を追っていこうと思ったすぐくらいに3.11があって、濱口さんは酒井さんと東北記録映画三部作の一本目『なみのおと』を撮った。それがまた凄い作品だったもので山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映することになった。だから濱口竜介作品との出会いは「偶然性の美」に導かれたとも言える、私にとっては。
130
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 28/06/2026
「スポーツ観戦」は私からずっと遠いところにあるもので、そこに面白さを感じたことがないからそう思うのだけど、いま『急に具合が悪くなる』を読んでいて、野球の大ファンである宮野さんが「スポーツ観戦」にある「偶然性の美しさ」みたいなものを九鬼周造を引き合いに出して語っていて、これってドキュメンタリー映画、いや映画そのものの在り方と、そしてそれを見る者の向き合い方と極めて近いというか、ほとんど同じであることに気づいて感動している。
110
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 13/06/2026
今日はこれまでやったことのない「本づくり」というアクションのために、とりあえず人と会うことからはじめてみる日。新鮮な高揚感があって良き。
010
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 08/06/2026
こんばんにゃ
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 08/06/2026
企画協力で映画祭のプレイベントを組んでいる。得意分野ってのはあるにしても、古巣から声がかかるのはありがたい限り。「妖怪」をテーマに東アジア圏のドキュメンタリー映画(一部劇映画も含む)をプログラム。アカデミックな観点から妖怪文化と身体性とジェンダー論を横断するようなゲストトークも予定。今月末にはリリースできるはず。「妖怪ドキュメンタリー映画」って言うと、イロモノに思われがちだけど、ところがどっこいそこには極めて興味深い映画表現があり、搾取構造の内奥から聞こえる弱き声に耳を傾け寄り添う確かな眼差しがある。でもそこにはしっかり妖怪がいる、という稀有な作品群。小川紳介が役者として出るあの作品も上映。
020
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 03/06/2026
自分の信じることを自分が信じるとおりにやればいいね、と気楽に構えられるようになったのは多少は年齢を重ねたからなのかもしれない。周りを見ないで、ただ私の視線の先にある、どこまでいっても到達することなどできない地平線を目指す。足を踏み出し、腕を振る、そのひとつひとつの動作に意識を集中して着実に前に進む、その過程こそ全てだ。
021
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 22/05/2026
映画祭という場でこれまでずうっとインディペンデントな映画を紹介することをしてきた身からすれば、インディペンデントな書籍、言語表現を自身で流通させることは当たり前としてあるべきで、なんなら翻訳して海外へも流通させたりしてもいいと思う。インディペンデントで制作する映画作家たちだって、四苦八苦しながら資金調達して映画づくりをしているわけで、言語表現だって制作資金を集めながら書籍を作ったっていいのだ。いわゆる「自費出版」を蔑んであざ笑う風潮はとてもバカバカしい悪しき慣習だ。ただ流通のための宣伝戦略や普及活動などの一切を自分でやらなければならないし、本のクオリティだって問われることになる、当たり前に。
021
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 22/05/2026
そういえば、だいぶ前のことであるが、作家でアーティストの瀬尾夏美さんたちNOOKが文フリに初出店するというので、応援がてら「のと部」のZINEなどを買いに行ったのだった。ブースは盛況で賑わっているのを嬉しく眺めた。いまこのとき「語り」を集めて言葉にする活動を多くの方と連携しながら実践していること、そこにこの時代と社会に対する抵抗の意志が明確に現れていることに、大きな希望を抱いている。私も私なりにやることをやらねばといつも励まされている。いぬのせなか座の山本浩貴さんの活動にも同様に励まされているので、今回ももれなくいぬのせなか座の新刊も求めた。5月の連休のときの話。
041
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 22/05/2026
大きなあくび、まる
000
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 23/04/2026
保坂和志が『読書実録』のなかで、吉増剛造が吉本隆明の『日時計篇』ほかいくつかの著作を筆写していることを書いていて、とにかく私も修行じみた身体の酷使を体感してみたいと思い、おとといあたりからドゥルーズの『シネマ1』を筆写しはじめた。平仮名は片仮名に、片仮名は平仮名に変換して書くのは吉増剛造に倣ったが、あるときふとなにか得体の知れないものが立ち上がってくるのを感じたり感じなかったりして、たいていそれは眠気とペンを握る指の痛みと右肩から腰にかけての硬い痛みとがないまぜになって耐え難い状態になってもなお、ひたすらに書き写し続けるときにやってくる。どこか座禅や瞑想に通じるものがあって、むしろ祈りに近い。
010
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 23/04/2026
ビールと桜、半分半分
010
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 23/04/2026
ワープねこ
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 23/04/2026
毎日「かわいい」を浴びせてしまって、もしかしたら自分の名前を「かわいい」と思ってしまっているのではないかと、ふと思ったりするのだが、本来の名前を呼ぶと返事をしてくれるので、きっとそれは杞憂だ。「かわいい」を言いすぎて、言語的にゲシュタルト崩壊してしまい(学術的にそれにどんな名称を与えられているかを私は知らない)、逆に「かわいい」がわからなくなってきている。撫ですぎて怒られて手の甲を噛まれてしまったときの痛みですら「かわいい」のだ、私はおかしくなっているのではないか。
030
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 07/04/2026
うちの子が今日めでたく誕生日で3歳。猫の姿かたちをしているが、わたしたちの子。わたしたちも猫の姿かたちだったらいいのに。
020
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 14/03/2026
青空ビール
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 14/03/2026
最近ギャリー・スティーヴンソンというイギリスの経済学者に注目していて、彼は労働者である一般家庭の出でありながら、並外れた数学の才能でもってシティバンクのトレーダーとして若くして巨額を稼いだひとで、そこで度し難い格差社会を目の当たりにして白けてしまい、その後は富裕層に課税を求める左派系経済学者として活動している。パズルを解くような数字の売り買いで世界経済が動く一方で、労働者はその資本主義の枠組みのもとで、経済的な苦境を耐えている。その構造の歪みをブラジルで暮らす四人の男たちの群像劇で描いてみせたマリア・アウグスタ・ラモス監督の『6月の取引』を2015年に山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映した。
110
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 25/02/2026
世の中の動きに、少しばかり身体も精神も影響を受けているようなので、よろしくない。体内に一定のリズムが戻ってくるまで情報からは遠ざかっておいてみる。
010
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 21/02/2026
猫の日なので、生魚を買いにちょっと漁港まで出かけてきます。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 21/02/2026
あしたはねこのひ
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 20/02/2026
あたらしいつめとぎきにいった
010
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 19/02/2026
エーリッヒ・フロムが「存在し、愛し、憎み、苦しむ人間の現実から出発すれば、あることはみな同時に、なることであり、変化することである。生きている構造は、なるときにのみありうる。それらは変化するときにのみ存在しうる。」と書いていた。「在る」ことは「変化」することであるという指摘は憶えておきたい。
000
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 19/02/2026
日本語で言うところのいわゆる「ノスタルジー」という手垢がついた表現が嫌いで、その言葉に吸収されてしまう些細で雑多な感情とイメージには、もっと複雑で得体の知れないものがあって、誤解を恐れずに言えばそれは「宇宙」みたいなものと同じだと思っているから、日本語の「ノスタルジー」が持つ矮小化への力は暴力にも見えてしまう、ということだ。
010
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 19/02/2026
しんけんなまなざしのさきにちゅ〜る
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 19/02/2026
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭打ち切りのニュースに、鳩尾あたりがキューっとなる。老舗の広島国際アニメーションフェスティバルや福岡のアジア・フォーカスが軒並み2020年で終了して、日英両併記刊行物、日英字幕、多言語通訳を備えた、地方発の正しい「国際映画祭」は一気に少なくなった。山形国際ドキュメンタリー映画祭はなんとかコロナ禍をオンライン開催で乗り越えて、2023、2025と通常開催にこぎ着けたが、同時代にそれぞれの場所で映画表現の可能性に果敢に挑んでいた他の映画祭のことは、勝手に同志と思い込んでいた。Dシネマさんとは上映素材のやり取りなどもあったから、なんとも辛く苦しいニュースである。
010
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 19/02/2026
きょうもいいこにしていましたね
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 19/02/2026
2年ほど前の引っ越しの際に、書籍のほとんどを処分というか売りに出してしまった。そのなかにはミステリやSF小説も多くて、エンタメ系は悉くいま手元にない。さいきん妻が『十角館の殺人』のドラマを観たとかで、本格ミステリ熱が再燃して、新本格隆盛時の作品紹介をYouTubeで見ているようだ。あの当時の(今となっては)懐かしいタイトルが出るたびに「持ってたよね、貸してちょうだい」と言ってくるが、私には「今はもうない」と答えるしかなく、そのたびに妻は地団駄を踏むのである。そういえば、森博嗣の作品に『今はもうない』というのがあった。当時は実に面白く読んだはずだが、それも今はもうない。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 17/02/2026
さいきん酒を飲みすぎている。酒という快楽に従順になりすぎている。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 16/02/2026
もぐってでた
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 15/02/2026
たとえどんなことであれ、世のすべては常に変化し続ける、という事実だけは変化することはない。との言葉を今日読んだ。「諸行無常」としたり顔で理解することは簡単だが、それではいけない。いまずうっと「変化」とはなんのことであろうかと考えているが、ぜんぜんわからない、明日もそれを考えたり考えなかったりするだろう。
010
日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 15/02/2026
岡本太郎の「なんだ、これは!」なる驚きと感嘆の言葉を、日常のありふれた物事を前にして改めて口にしてみると、普段見ていたものとは違ったものが立ち上がってくる。位相が拓かれるとも言い換えられるかもしれない。この言葉が促すのは、目の前にあるモノへの精緻な観察と、その細部から立ち現れる思考だ。それを言語表現にして、読み手のそばにそうっと置いてみるという意識で私はこの雑誌で映画コラムを書いてきたが、それは読み手の「生」に勝手ながら近づきたいという意識の現れで、すなわちそれは私の「生」もまた読み手との相互関係のもとで変化するはずだということの実践でもある。ということを今回の連載59回目(たぶん)で書いた。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 13/02/2026
私のなかで、ペケとかいうものになったツイッターは怖いもの見たさでその醜悪さを体感するだけの自虐を含んだ向き合い方をするものに変わり、もう自分からなにかを書くことはいっさいしなくなって久しい。ここ数年はずっと、掲載してもらった原稿をただただ発信するだけのものであったのだが、先の選挙のときは思わず自分の言葉を書いてしまった。5、6年ぶりくらいのことであった。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 03/02/2026
社会というか世間というか、そういうところで前提として流通している価値観というか世界観は、当然ながら科学主義に則っているわけだけれど、いまこの世界で誰も経験したことがないにもかかわらず、極めて身近で、必ずやってくるものでもある「死」については、未知であるがゆえにあらゆるものの外側にあって、既存の価値観からも自由であり、とうぜん科学的、医学的な見地からもずうっと遠く離れたところにあると思っているので、「外側に」向けて思考を拓くと、見方によってはオカルトを語っているようにしか見えない、ということが起こる。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 03/02/2026
去年の映画祭で、インドの詩人で映画監督のバッパディティア・サルカールさんにインタビューしたとき、極めて政治的な内容の話のなかで、ふとバッパディティアさんが一緒に暮らしている猫の話になり、当たり前に猫と会話してる、もっと言えば心を通わせ合っていると言っていて、それは私も日々実感していることでまさに同感であったのだが、人間がこの世界の中心だとはまったく思っていないとそのあと彼が言ったので、私は猫や犬にとどまらず、動物ないし生物全般と対話および思考を交わし合うことが可能だと、多くのひとがそう思えていたならば、この世界はこんなふうになっていなかったに違いないと、瞬間的に思ったことを、いま思い出した。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 03/02/2026
ほとほとウンザリすることばかりが世の中を流れていて、それに思考を割くことすらも嫌になる。もう諦めて、思考を放棄してしまおう。ときにそんなふうに思ってしまうこともあるが、それこそ相手の思うツボだ。私たちには子供はいないが、猫がいる。一緒に暮らす猫のために、生き残らなければならない。あのヴェイユですらも、疲労の果てに思考を投げ出したい誘惑にかられたというのだから、この世界に蔓延る「得体のしれない底なしの悪意(と仮に言葉にしてみるが、それそのものではない、おそらく)」は、人間が考え続けること、その行為そのものを嫌い、排除したがっているのに違いない。思考し続けることが、この世界への抵抗になる。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 03/02/2026
はじめて恵方巻きと言われて販売されている太巻きを食べた。恵方も向かず、かぶりつくこともなく、食べやすい厚さに切って食べた。太巻きであった。思えば太巻きもほとんど食べたことがなかったので、たいそう美味なものなのだと関心しながら食べた。今日は太巻きを食べるのに良い日なのであろう。おかげで2本食べた。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 14/01/2026
チャランポランでグウタラで無責任、気が向いたら寝て食べて、ときにひとが変わったように何かに没頭して、そうかと思うとまた寝てる、でもその寝顔はこの宇宙の全てを超越してるような、そんな存在がいるだけで、どんな世界であろうとも「いま、ここ」を肯定できる、のではないかという問いを立ててみようと思う。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 12/01/2026
午前中、少し生業仕事をして、いそいそと家に帰ってきた。外は吹雪。体が芯から冷えて体調が良くないので、湯に浸かってすぐに布団に入る。布団のなかは安全地帯。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 11/01/2026
感情という、目に見えないが確かに存在するもの一切が、仮にこの宇宙に「情報」として一定期間記録されるのだとすれば、たとえ人は亡くなってもその人がいたことに纏わる感情の動きは、その本人のものも含めてこの宇宙に留まる。だとすれば、それは人は亡くなっても確かに在り続けるのだということを、この私が考えることをこの宇宙が許していることにならないか。亡くなった人を日々考え、他者への共有を可能にする言語という形にすることで、亡くなったあともその人に纏わる情報を生産し続けることができ、すなわちそれは、死しても尚在る、を実現することになるのではないか。
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日下部克喜 @nekokusa222.bsky.social · 10/01/2026
2、3度行ったことがある夢のなかでしか行けない飲み屋街があって、長屋というか横丁というか、数件並んだ飲み屋でカウンター席しかないのだけど、朝までやってる。2回ほど夜明けまでいたことがあって、現実世界の立地ではあの辺りというのはわかるが、当然そんなところに実際はない。が、夢のなかでなら確かにあって、ほんと何度か同じ場所が夢に登場するから、あっちの世界には確かにあるのだ。焼鳥の店と小籠包が美味い中華居酒屋がよく行く店。店主はいつも無口だが、出されるものはどれも美味いので、それをアテにしているとヘベレケになるまで飲んでしまう。すぐ近くの小道には、えらく高い壁の造り酒屋があって、見上げると青空がある。
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