マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 15/09/2026秋葉原と神田明神を結ぶ明神男坂の南側で明神女坂とも呼ばれる階段に近い場所にある「明神下 蕎麦 おしん」、神田明神下にある蕎麦処として粋さえ感じるものですが、かつてこの場所には花屋やベーカリーショップがありました、特に「三井製パン舗」の印象が今でも強いです 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 12/09/2026秋葉原の西側、神田明神下交差点角にある「ココス 秋葉原店」は2005年にオープンしたファミレスですが、20年以上営業していることもあり、既に明神下の風景の一部として定着するほどの雰囲気もあります、ココスが入る建物は「第一電波ビル」と呼ばれており、秋葉原らしさも感じられる名称です 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 05/09/2026秋葉原のメインストリートと言えば中央通りですが、秋葉原の面白さや魅力が集まっているのかと言えばその限りではなく、むしろ裏通りや少し離れた場所の方がディープさが溢れる店があったりします、良い意味で癖のある店や個人店は近年の賃料高騰等で中央通りから離れた場所に店を構えることが多いです 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 03/09/2026秋葉原裏通りの「ごはん処 あだち」は50年以上の営業を先月末で終了しました、あだちと言えば2升飯(約7kg)や山盛りおかずが有名でしたが、これはかつて秋葉原に存在した神田青果市場の関係者向けに提供されていた名残でもあり、あだちの閉店は秋葉原が市場の街であったことを示す店の閉店でもあります 031
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 21/08/2026何をもって「怪しい」かは様々ですが、かつての秋葉原では怪しい店とは誉め言葉になることが殆どでした、外観が怪しい・品揃えが怪しいなど色々な怪しさは秋葉原の魅力になっており、カオスな街と表現されるほどでした、最近の秋葉原における怪しいはそのままの意味で捉えられる店が増えてきました 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 17/08/2026電気街としての秋葉原を紹介する際、秋葉原ラジオセンターや東京ラジオデパートなどの電子部品等を扱う商業施設を実際に歩くことによって電気街の雰囲気を感じられると思われますが、他にも駅から中央通りへ進んだオノデン周辺も長年変わらない電気街としての風景として魅力があると感じられます 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 27/07/2026かつて肉の万世秋葉原本店に設置されていた箸と麺の部分が特徴的な動きを見せるパーコー麺(排骨麺)のオブジェ、現在は肉の万世全店舗でパーコー麺の提供は休止されているためオブジェの姿は見られなくなりましたが、メニューが復活し、再び動くオブジェが見られることを期待する人は多いと思われます 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 20/07/2026秋葉原裏通り側にあるラーメン店「九州じゃんがら 秋葉原本店」、秋葉原の地で40年以上営業している飲食店というジャンルでは歴史がある店舗の一つですが、近年は特に行列を見掛けるようになっています、秋葉原で観光・買い物の際の食事ではなく、じゃんがら目的で秋葉原を訪れるという話も聞きます 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 15/07/2026秋葉原の西側、神田明神下交差点から西側へ進んだ先にある「B-PUMP TOKYO 秋葉原店」、建物全てがボルダリング関連の施設・ショップとして知られていますが、かつては石丸電気のオーディオ専門店「Refino&Anhelo」の店舗でした、電気店からスポーツ施設という面白い変化をした建物の一つです 001
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 25/06/2026秋葉原と神田明神を結ぶ明神男坂、坂上に設置された明神男坂の歴史などを記した標柱は3年ほど前に変更されており、献納される前は存在していなかったような誤解されがちな表現も変更されて解りやすい説明文になっています、細かい部分ですが「ラブライブ!」で登場した標柱とは少し異なっています 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 17/06/2026同人ショップ「コミックとらのあな」の最初の店舗である1号店が開業して今日で32年となります(1994年6月17日1号店開店)、裏通りにある神林ビルで創業した「とらのあな」、現在は創業地である秋葉原から店舗撤退しましたが、秋葉原に同人誌という文化を浸透させた影響は大きかったと言えます 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 12/06/2026秋葉原の北側、外神田6丁目に存在した「アーツ千代田3331」の外観、練成中学校(2005年閉校)跡地を活かしたアート系施設でしたが、立て看板に書かれている入り口近くにあったコッペパンをメインとしたベーカリーカフェ「コパンドゥ3331」も人気で、ベーカリーカフェだけの利用者も多くいたようでした 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 11/06/2026秋葉原裏通りから千石電商などの通りを抜けた角にある松永ビル、1階では「ドトールコーヒーショップ 外神田1丁目店」が営業している建物ですが、かつてこの角の場所にはその名も「カド」という喫茶店がありました、時代を経て店舗は変わっても喫茶店/カフェが続いている面白い場所とも言えます 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 10/06/2026秋葉原中央通り交差点(外神田三丁目交差点)角でイベント施設のベルサール秋葉原などが入る住友不動産秋葉原ビル、ガラス張りの外観により様々な秋葉原の反射した姿を見ることができますが、見る角度によって新たな楽しみ方ができる可能性が今でも残されているように感じています 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 18/05/2026昔(20年位前まで)の秋葉原は20時を過ぎると真っ暗だったという話は比喩でもなくその言葉通りで19時、遅くとも20時までには殆どの店舗が閉店し、これに伴い秋葉原を歩く人もあまり見られない時間でした、当時を知る人とって夜も明るく人通りがある今の秋葉原の街はこの20年で変化した一つに挙げられます 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 12/05/2026JR秋葉原駅の駅ビルであるアトレ秋葉原1内で営業している「三省堂書店 アトレ秋葉原1」、駅ビルに書店があることはやはり重要で、その街の文化的拠点という店舗・施設の意味もあると言えます、アキハバラデパート時代にも明正堂書店 秋葉原店、晩年にはアキハバラブックセンターが存在していました 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 03/05/2026駅の改札を出た風景はその街を代表する風景となりますが、秋葉原ではメインストリートである中央通りもその一つとなります、また久し振りに秋葉原を訪れた人にとって秋葉原という街の変化を感じる場所として中央通り、特に店の変化を挙げる人は多いです 021
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 13/04/2026秋葉原の南側、神田川を渡った先の柳原通り沿いに先月28日オープンしたセルフ型の無人カフェ「スマートカフェ 秋葉原店」、Wi-Fiや電源(コンセント)完備の24時間営業カフェなので、利用方法によっては使い勝手の良いカフェにもなりそうです 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 14/03/20261989年に刊行された秋葉原情報誌『パソコン版標準秋葉原ガイドブック』において紹介されたJR秋葉原駅構内図、現在とは異なる構内で当時営業していた店舗も詳細に書かれていますが、駅という街の玄関口の情報は時代によって変化しやすく、ホームラーメンなどは懐かしさを感じる人も多いと思われます 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 20/02/2026秋葉原中央通り沿いで駅前にある「ゲームパニック 秋葉原」、オープン後しばらく経ってから壁面に屋外ビジョンを設置しましたが、以前この建物で営業していた「アドアーズ 秋葉原店」(2020年閉店)でもほぼ同じ位置に設置されており、ゲームパニックで設置された際は何処か以前見た光景に感じました 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 30/01/2026JR秋葉原駅電気街口北側高架下に存在した「GUNDAM Cafe TOKYO BRAND CORE(ガンダムカフェ 秋葉原店)」は今日で閉店から4年となります(2022年1月30日閉店)、2010年4月に開店したガンダムカフェ、駅前で10年以上営業していたこともあり、その外観は秋葉原を代表する風景の一つとなっていました 020
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 17/01/2026秋葉原の地名の由来となった上野方面の台東区松が谷にある「秋葉神社」、1869年(明治2年/旧暦)12月発生の大火により焼失地(現・秋葉原駅前)に火除地が設けられ、鎮火社が建造されたことで秋葉神社の歴史が始まりますが、今から153年前の1873年(明治6年)1月17日に神田明神の兼勤社(管轄)となっています 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 28/12/2025今後大規模リニューアルが予定されている秋葉原UDXレストラン街の「AKIBA_ICHI(アキバ・イチ)」、既にアキバ・イチから発表されている営業継続店舗はリニューアル期間中に営業する店舗であるため、公式から発表が無い限り、休業・閉店する飲食店が多いことから改装後の状況は分からないという状況です 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 17/10/2025前身の電気店から転業して5年ほどが経過した頃の1954年に刊行された「肉の万世」が紹介された書籍(『新しい店舗の作り方 入門百科叢書』)、電気店から飲食店への移行は当時としても珍しかったらしく特筆されており、外観や店内図は秋葉原の歴史を知る資料の一つにもなります 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 24/08/2025秋葉原裏通り側に鎮座する「講武稲荷神社」(1857年創建)に関する歴史的視点からの文章を秋葉原歴史記事で今日公開しました、何故講武と呼ばれているのか、また講武所・講武と付けられたことから来る現代の勘違いなどについて触れています blog.livedoor.jp/mouseunit/ar...blog.livedoor.jp「秋葉原と講武所 講武稲荷神社と勘違い」 : 秋葉原歴史記事(mouseunit's Blog)【神社情報】店舗名:講武稲荷神社場所:外神田1-9-2創建年:1857年(安政4年)【講武所について】講武所とは江戸時代後期、幕府が設置した武術関連の鍛錬施設である。老中首座の阿部正弘が外国からの脅威、つまり1853年(寛永6年)・1854年(寛永7年)のペリー率いる黒船来航を受 041
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 22/07/2025秋葉原周辺で誰も住んでいない人口0の町は神田相生町と神田花岡町です、相生町はJR秋葉原駅やセンタープレイスビル、花岡町には同じく駅やヨドバシAkibaなどがありますが、神田花岡町については1908年(明治41年)時点で誰も住まない(住めない)町になっており、その視点から統計を遡る面白さがあります 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 28/06/2025秋葉原の南側を流れる神田川、川には昌平橋・万世橋・和泉橋があり、橋に繋がる交差点も共に橋の名称から交差点名が採られています、秋葉原の南東側で靖国通りには大和橋交差点がありますが、周辺には橋や河川が存在せず、それでも何故橋の名なのかという疑問は街や歴史を見るには良い視点だと感じます 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 19/04/2025秋葉原の西側、現在の昌平橋付近に存在した「昌平橋駅(昌平橋仮停車場)」が開業したのは今から117年前です(1908年/明治41年4月19日開業)、開業当初から万世橋駅(現・マーチエキュート神田万世橋の場所)延伸工事完了までの仮駅目的であったため駅舎は簡素な造りで、4年後の1912年4月に廃止となりました 031
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 27/03/2025JR秋葉原駅電気街口南側に存在したコンビニ「NEWDAYS(ニューデイズ)秋葉原店」が閉店して今日で9年となります(2016年3月27日閉店)、閉店後入居していた「JR東日本秋葉原ビル」は解体され、2019年10月に東西自由通路の整備と宿泊施設「JR東日本ホテルメッツ秋葉原」が開業しました 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 16/02/2025秋葉原の西側、昌平橋通り沿いで神田明神下交差点にも近い江戸後半の1805年(文化2年)創業の鰻店「明神下 神田川本店」、歴史の古い神田地区、当然ながら秋葉原も神田の一部であり、飲食店を始めとして老舗と呼ばれる店舗が各所に見られます 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 13/02/2025秋葉原の南側、万世橋交差点角の半田ビル地下1階で営業している洋食店「東京カフェレストラン フレスカ」、秋葉原界隈では量が多い飲食店として知られる一方で建物の地下、そして入り口が分かりにくいことで一般にはあまり知られていない店舗かもしれません 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 01/02/2025秋葉原駅が貨物営業を終了したのが今からちょうど50年前です(1975年2月1日営業終了)、開業時の秋葉原駅は現在のような旅客営業ではなく秋葉原貨物取扱所として1890年に開業、神田青果市場の移転や神田川から駅に運河が設けられるなど秋葉原は貨物・運送の街として歴史的に発展してきた面も強くあります 030
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 30/12/2024JR秋葉原駅の駅ビルとして長年存在した「アキハバラデパート」は今日で閉館から18年となります(2006年12月31日閉館)、アキハバラデパートの歴史を始め、晩年のリニューアル計画や2010年跡地に開業したアトレ秋葉原に関する概要については秋葉原歴史記事で以前執筆しました blog.livedoor.jp/mouseunit/ar...blog.livedoor.jp「アキハバラデパート アキデパフジヤマ計画を振り返る」 : 秋葉原歴史記事(mouseunit's Blog)【店舗情報】店舗名:アキハバラデパート(アキデパフジヤマ計画)場所:外神田1-17-6改装日:2002年3月18日終業日:2002年12月31日(ネットショップ閉鎖日/実店舗閉店は段階的)【アキハバラデパートの誕生】1951年(昭和26年)11月に開業した秋葉原の駅ビルである「アキハバラデ 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 28/12/2024秋葉原にかつて存在したPCゲームショップ「メディオ!秋葉原」は今日で閉店からは7年となります(2017年12月28日閉店)、中央通り沿いの第一北澤ビル(第26東ビル)から裏通り、そして昭和通り側へと移転した「メディオ!秋葉原」ですが、中でも階段まで美少女一色だった裏通りの店舗が特に印象的でした 020
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 26/12/2024秋葉原中央通り沿いの末広町側にあるサタケ東京本社ビルに存在した「おむすびのGABA 秋葉原店」は今日で閉店から2年です(2022年12月26日閉店)、2013年5月開店の「おむすびのGABA」ではおむすびや定食などが提供されており、近年のおにぎりブームを受けて秋葉原に継続して欲しかった店舗かもしれません 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 25/12/2024今日運営会社の破産が報道された秋葉原の老舗カレー店「ベンガル」(1973年創業)、裏通りの旧店舗、昌平橋通り沿いの現店舗共に印象的でしたが、再びシャッターが開いて営業されること、また老舗の味を残していくことが秋葉原を愛する人の望みだと言えます 051
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 25/12/2024秋葉原裏通りに存在した「リナックスカフェ」、今日で閉店から13年となります(2011年12月25日閉店)、2001年12月にオープンした通称リナカフェでは当時としては珍しく無線LANが利用でき、店内では買ったばかりのPCパーツを開封したり、ジャンク品を確認する人も見られ、秋葉原らしさがあるカフェでした 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 22/12/2024最盛期には秋葉原地区だけで10店舗近く構え、関東地方で多数の店舗が営業していた「サトームセン」、今から17年前の2007年12月22日にサトームセン最後の店舗が閉鎖されました、ヤマダ電機傘下となったことで店舗数が次第に縮小、秋葉原では同年11月の駅前1号店閉店でサトームセンが事実上消滅しました 031
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 21/12/2024秋葉原の南東側、都営地下鉄新宿線岩本町駅は今日で開業から46年となります(1978年12月21日開業)、新宿線最西端の始発駅として開業し、後に新宿方面への延伸に伴い中間駅となりました、岩本町駅を始め、神田岩本町・岩本町の歴史については秋葉原歴史記事で以前執筆しました blog.livedoor.jp/mouseunit/ar...blog.livedoor.jp「神田岩本町・岩本町の町名変遷と都営地下鉄新宿線岩本町駅」 : 秋葉原歴史記事(mouseunit's Blog)【町名情報】町名:神田岩本町/岩本町場所:千代田区神田岩本町/千代田区岩本町1丁目から3丁目【江戸時代初期・中期の岩本町】江戸時代、現在の岩本町一帯には「お玉が池」(於玉ヶ池)と呼ばれる池が存在していた。元々は「桜が池」と呼ばれていたが、近隣に店を構えていた 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 16/12/2024X(ツイッター)の方では報告をしましたが、今日話題となっている「mixi2」についてアカウントを取得してみました、宜しくお願いします mixi.social/@mouseunitmixi.social天野マウス (@mouseunit) | mixi2 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 16/12/2024秋葉原中央通りから一本東側のアキバ田代通りに存在したゲーム基板ショップ「トライ」が手掛けたゲームセンター「トライ アミューズメントタワー」は今から29年前にオープンしました(1995年12月16日開店)、営業譲渡後のゲームセンターも既に閉店し、現在はフロアごとに異なる店舗が営業しています 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 15/12/2024秋葉原中央通り交差点(外神田三丁目交差点)角にある小暮ビル(外神田1-11-6)2階で営業している「22カレー(ニャンツーカレー)」は今日でオープンから1年です、アニメやゲームなどと積極的にコラボをするカレーショップで、コラボ作品によっては行列も度々見掛けます 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 12/12/2024今から155年前の1869年12月12日(旧暦)に現在の秋葉原一帯で大火が発生し、周辺11町の合わせて建物約1100戸が焼失、焼失地には火除地(原っぱ)と鎮火社(後の秋葉神社)が設けられ、後に秋葉神社のある原っぱとしてこの地域は秋葉原と呼ばれましたが、この火災が無ければ秋葉原の名が存在しませんでした 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 05/12/2024秋葉原中央通り沿いに店舗を構える「ゴーゴーカレー 秋葉原中央通店」は今日でオープンから16年となります(2008年12月5日開店)、カレー激戦区とも言われる神田・秋葉原地区でも有名な金沢カレーチェーン店で、以前この場所にはアンテナやケーブル類を扱う電気店「エムワン チヨトク」がありました 020
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 03/12/2024秋葉原中央通り沿いにあるAKIBA PLACEビル、「T-ZONE.」が営業していた時代(2003年閉店)から見ると今年オープンした「肉の万世」を始めとして飲食店が目立つようになりましたが、他にも様々なジャンルの店舗が営業しており、現在の秋葉原らしさのある建物という見方もできると思われます 000
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 30/11/2024秋葉原駅に隣接する高架下に存在した「秋葉原ラジオストアー」が閉館して今日で11年となります(2013年11月30日閉館)、戦後の露店撤廃令により秋葉原に設けられた電子部品等を取り扱う店舗が集まった商業施設で、その光景は秋葉原が電気街であることを象徴付ける場所の一つでした 020
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 28/11/2024秋葉原裏通りで営業していた「T-ZONE DIY SHOP」が閉店して今日で14年です(2010年11月29日閉店/翌日廃業発表)、事業停止に伴う突然の閉店で、十数年ほど前までの秋葉原ではT-ZONE/クレバリー/高速電脳など前日まで普段通り営業していたPCショップが翌日閉店・廃業する店舗も少なくありませんでした 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 28/11/2024秋葉原裏通り側にあるラーメン店「九州じゃんがら 秋葉原本店」は今日で創業40周年となります(1984年11月28日開店)、秋葉原では飲食店に限らず店舗の移り変わりが激しい中、世代を超えて長年秋葉原を訪れる人や働く人、また住む人を食の面から支えている飲食店です 010
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 13/11/2024秋葉原の北側、外神田4丁目にあるフルーツパーラー「フルーフ・デゥ・セゾン」は今日でオープンから29年となります(1995年11月13日開店)、元々神田青果市場で仲卸をされていた方が始めたフルーツパーラーで、秋葉原に野菜・果物の市場が存在していたことを示す歴史的にも意味がある店舗の一つです 020
マウス(mouseunit) @mouseunit.bsky.social · 12/11/2024秋葉原中央通りを走っていた路面電車である都電24系統が廃止されたのが今から52年前です(1972年11月12日廃止)、廃止によって秋葉原では明治時代から続く路面電車が走る光景が消えた日となりました、また中央通りは路面電車が多く走っていたことから親しみを込めて電車通りとも当時呼ばれていました 072