生成AIについて「写真の登場と同じ」みたいなこと言ってる人も見たけど…
そんなの、言語や活版印刷、そして映画(複製芸術、というキーワードで検索すればとても有名な論考に当たるよ)など、表現の枠を越えていく瞬間はいくらでもあった
生成AIが違うのは、私企業のサービスであり、企業の思うまま制限できるところ
写真は学んで機材を購入すれば写せないものなんてない。賞レースはともかく、個人が写すものは無限に自由
生成AIには作れないものがある。今、この瞬間はできても、企業がダメだと制限をかければ明日にでも出力できなくなる
企業の許してくれる範囲でだけ表現するの、それは写真とは、芸術とは違うと思うよ