理想の男性に対しての強い憧れと、それ以外の醜さからこのようになっているのかもしれない。だとしてもその思想は女性特有のものでもない。この誰とも共有できない型にはまれない苦しさを持ったまま、僕は他の同性と同じように生きていける気がしていない。
自分のこの気持ちを、誰かに、女性らしいね。と認めてもらえたら僕は女性として生きていけるのだろうか。自分の声も、体も、全て捨てて精神だけになって、代わりに女性の身体を得て言葉を発して、体を動かした時に、それは果たして女性的であるのだろうか。僕自身が20年間男性として生きてきた中で生まれたこの自分の中の女性のような何かは本当に女性なのだろうか。