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Hiroki YAMAGISHI

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関東の団体職員/関西の大学院生(フェミニズム政治理論)

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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 24/08/2026
午後は高松から電車とバスと船を乗り継いで粟島へ。あて先のない手紙を留め置く漂流郵便局。もともとは瀬戸芸の作品の一つだったが、13年経った今も毎週土曜日に3時間だけ開設されている。訪れて手紙に目を通してみると、いつか誰かが手に取るかもしれないものを、Webではなく紙で残す意味がたしかにありそうに感じて、わたしもその場で3通のはがきをゆっくり書いた。道端ではねこを抱えた島の人とお話したりもして、もっとゆっくりしたかった。それにしても、猛暑だったり飛行機の遅延で待たされたりしたとはいえ、あまりにもビールを飲みすぎた一日だった(6本くらい飲んでしまった)。やっぱりなんかいまちょっとおかしいんだと思う。
漂流郵便局の入口。看板にはこう書かれている。「ここは届け先の分からない手紙を受け付ける郵便局です。漂流郵便局留めという形でお預かりすることで、漂流私書箱にお手紙を留めます。いつかのどこかのだれか宛の手紙が、いまここにいるあなたに流れ着く。懐かしい未来の郵便。漂流郵便局、開局いたします」漂流郵便局に留め置かれたはがきの山。仕分け棚はかつて実際に郵便局として使われていた当時のもの青空、粟島から眺める瀬戸内海、アサヒスーパードライ350ml缶高松港近くのカフェ「umie」の、海が見える席。香川のビール醸造所であるツバメブルワリーのブランシェというビールの瓶とフライドポテトがテーブルに置かれている
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 24/08/2026
香川県の瀬戸内海に浮かぶ大島へ。島全体がハンセン病療養所で、事前にFAX(!)で申し込んで無料の船で渡る。長島愛生園の光田健輔氏をはじめ、いくつかのハンセン病療養所に共通するのだけど、閉ざされた空間だからか歴代所長(多くは隔離政策を正当化した)が入所者から崇拝されていた時代があり、大島青松園の園長だった野島氏も例外ではない。一方で、入所者による抵抗運動や交渉要求が起きた療養所もあり、徐々にハンセン病関連政策の誤りが世に問われ、遅まきながら1996年にらい予防法が廃止されたが、その間に多くの入所者が世を去った。1971年に建てられた碑と2003年に建てられた碑の文言を比較してほしい。胸が詰まる。
高松港の桟橋から大島へ向かう官用船大島青松園の桟橋近くに建てられた碑。「野島先生の遺徳を永遠に偲ぶ園である。先生の法名の二字をいただいて心月園と名づく。昭和46年 清秋 洛西花園 大宝豊文 謹んで誌す」と書かれている大島青松園内の火葬場・風の舞付近に建てられた観音像の経緯を説明する碑。「観音像建立のいわれ 一人ひとりが瀬戸の小島に閉じこめられ生涯を圧政に苦しめられたが、それに真っ向から闘いを挑んできた。しかし、信心により心を落ち着け、身を天命に任せ、生死利害に悩まず生き抜いた。その証としてこれを建つ。 平成十五年八月建立」と書かれている大島の道端から眺めた浜と瀬戸内海。遠くに高松の街のビル街がうっすらと見える
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 17/07/2026
そんな本日は、新宿アルタ前で開かれていたレイブ/デモの「同性婚を願う街頭アクション」に混ざって、ビール飲みつつ踊ってました。おそらく最高裁の判断が出るのが来年初頭、つまり今年度中。それに向けてまたやるそうなので、わたしもできるだけ頭数になりたい。わたし自身は婚姻制度自体、もっといえば日本における家族という概念自体へのアンチなのだけど、この1年くらいでいろいろと考えることなどがあって、こうした動きに混じって支えることがわたしの生き方としての責任なのだという思いが強くなったし、だからこそ前職も抗議の意味合いを含めて退職したのだった。どうかこの流れが止まらないように。
新宿アルタ前広場、「同性婚の実現を願う連帯の会」の電飾看板新宿アルタ前広場、「同性婚を願う街頭アクション」と、ベルク✕ソウルブルワリーのヘイジーIPA、ハニパラム
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 12/07/2026
直方、田川と並ぶ筑豊の中心都市、飯塚。この一帯の炭鉱を開発して莫大な富を得たのが麻生グループ。もともと炭鉱関係者のための病院だった飯塚病院をはじめ、ホテル、スーパー、不動産などあらゆるものが麻生系列。しかも市役所の前とか駅前通り沿いとかやたらいい場所を占めていて、土地も相当握っているのだろうかと勘ぐってしまう。莫大な財産を有し、首相にまで上り詰め、今もなお皇室を左右するほどの権力と影響力を有するあの政治家も、多くの朝鮮ルーツの方々や戦時中の捕虜を含む人びとによる炭鉱での労働なしに、その経歴はありえなかった。今の政治、社会、不正義を考えるうえでも炭鉱が重要だとわたしが考えるのは、まさにこのため。
飯塚病院の入口。看板の英字表記はASO IIZUKA HOSPITALとなっている。スーパー麻生新飯塚店。飯塚駅前に建つのがみプレジデントホテル。麻生系列であり、グループ会社の事務所なども入っている。鞍手町炭鉱資料展示室の図書。強制連行に関する資料がいくつも見える。
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 12/07/2026
女性たちの証言では、作業時の衣服も男性とほぼ同じ(つまりほぼ裸)だったり、坑内からの運び出しは男性が優先で女性は待たされるといった差別があったことなども語られている。「男は仕事、女は家庭」ということばに代表される近代家族的価値観とか、女性は力仕事に向いていないという考え方も手伝って、わたし自身も含めて炭鉱労働をよく知らない人から見れば、そこで働いていたのは男性ばかりという先入観がある。しかしそれによって失われるのは、井手川さんが残そうとしてきたような女性たちの経験であったり、女性たちもまた日本の近代化の担い手であったという認識だろう。炭鉱の記憶も薄れていく中、もっと知られるべき場所だと思った。
鞍手町歴史民俗博物館、「井手川泰子さんが語る戦争体験」と題されたパネル。井手川さんは北九州市で生まれたが、空襲を受けて鞍手町へ移転してきた。鞍手町石炭資料展示室、かつて町内に存在した三菱新入炭鉱の坑道を模した展示コーナー。鞍手町石炭資料展示室のパンフレット。JR筑豊本線鞍手駅。炭鉱が稼働していた頃は、各地から集められた石炭を北九州の工場や港へ輸送する重要な路線だった。
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 12/07/2026
鹿児島で泊まり、昨日は朝の九州新幹線で福岡・筑豊へ。まずは北九州市の隣にある鞍手町の歴史民俗博物館へ。ここの石炭資料室は昨年リニューアルされたばかりで、無料とは思えないほど展示が工夫されていておもしろいのだけど、その背景には間違いなく、鞍手町で炭鉱労働者の女性に対する聞き書きを行ってきた井手川泰子さんの存在がある。10年近く前、アジア女性資料センターの筑豊スタディツアーに参加したフェミニストの先輩から、この聞き書きを記録した井手川さんの著書『火を産んだ母たち』を勧められて、以来ずっと訪れてみたいと思っていた場所だった。リニューアル後も井手川さんの残した成果が大事にされていて、とてもよかった。
鞍手町歴史民俗博物館、石炭資料展示室の入口。鞍手町石炭資料展示室の入口と、炭鉱労働者の模型。中にはこの模型が被っているヘルメットのライト、もしくは懐中電灯をつけて入ることになっている。鞍手町石炭資料展示室のデジタルアーカイブ。白抜きの番号を押すと、井手川さん本人へのインタビューや、井手川さんが聞き取った炭鉱労働者の女性の証言が再生される仕組みになっている。鞍手町石炭資料展示室のデジタルアーカイブ。井手川さん本人へのインタビューが再生されているところ。「女抗夫に対する思い」を問われ、「(彼女たちのことを)伝えてくれたり、残してくれたりしたらありがたいと思っています」と答えている。
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 12/07/2026
水俣では、昨年は車を借りてしまったけど、今年は徒歩とバスで、石牟礼道子『苦海浄土』を片手に、患者さんが多かった海沿いの漁港周辺(考証館もこのエリアの中の高台に位置している)から、中心地に向けて歩き回った。石牟礼さんの生家に京都から移ってきたカライモブックスさんにも行けた。患者さんが多かった地域からは1時間半くらいかかって、これだけの道のりを石牟礼さんは50年以上前に何度も歩いたのか、と改めて驚いた。とにかく日差しが厳しくて暑い1日だった。夕方に水俣を出て、海沿いの駅で途中下車したり湯之元という駅で温泉に入ったりしつつ、夜に鹿児島へ着いて好きなビール屋さんへ。日付が変わる直前までたのしく飲んだ。
肥薩おれんじ鉄道のくまモン列車。肥薩おれんじ鉄道薩摩高城駅と夕暮れの不知火海。夜の鹿児島本線湯之元駅前。ひっそりとした住宅街と、6ヶ所もの日帰り温泉施設への道順を記した看板が対照的。鹿児島46クラフト(ひふみよブルーイング)のビール、霧島日南みかんがふんだんに入ったIPA。
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 12/07/2026
歴史考証館では、水俣病そのものの毒性や患者さんの苦しみはもちろん、この公害病を引き起こしたチッソという会社の成り立ち及び国家的位置づけや、政治と科学者による隠蔽とそれらによる世論への影響、公式認定後の補償をめぐる水俣の人びとや患者間の分断と訴訟を提起した人びとへの全国からの誹謗中傷、といったことを深く知ることができる。もちろん最初は明らかにチッソという一企業の問題だったけど、その背景には植民地主義や資本主義の構造があるしら最終的には政治とそれに煽動された「国民」の問題になっていく。そして、患者さんの高齢化とともに、ますます社会的な理解や認識は薄れていく。もどかしい気持ちでいっぱいになった。
水俣市コミュニティバスの出月中央バス停。出月地区は、最初に水俣病関連で亡くなったと認められた方が居住していた場所。歴史考証館から水俣駅へ辿る道のり。下り坂の向こうに不知火海が少しだけ見えている。水俣職業安定所の入口に咲いていたひまわりの花。水俣川にかかる水俣大橋から、不知火海を望む。
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 12/07/2026
毎年恒例になりつつある、7月の西日本への旅。一昨年は望月優大さんの『密航のち洗濯』で描かれた、戦中・戦後に朝鮮と日本を生き来した人びとの足跡を追って山口県の長門と長生炭鉱へ。昨年は大陸から引き揚げてきた祖父と大隅で生まれ育った祖母が出会った鹿児島と、一度行かねばと思っていた水俣へ。今年は再度の水俣と、長らく先輩たちに勧められつつ行けなかった福岡の筑豊炭田へ。水俣には、市営の水俣病資料館と、私設の水俣病歴史考証館があり、昨年は両方行ってみたが今年は後者だけ。ただ、運営環境が厳しい(人手不足)ようで、昨年行った時に勧められた宿泊やまち案内も、今年4月から休止されている。わたしの宿題は残されたまま。
肥薩おれんじ鉄道水俣駅のホーム水俣駅歴史考証館の場所を知らせる立て看板水俣駅歴史考証館の入口に立っている看板と青空チッソ株式会社水俣本部入口の銘板
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 22/06/2026
今年もこの時期に沖縄にいる。いつも会う友だちとわたしたち自身に関する重たい話をしたり、ひとりで戦争とその後の人びとの痕跡が残る場所に行ったり、明日の慰霊の日の式典にレイシストが何人も来るという情報を見聞きしたり、押しつぶされそうな気持ちでいる。あまりにもナイーブすぎると思って、あとそれを認めたらもう逃げ場がなくなると思って、ずっと否認したり目を背けたりしてきたけど、もうそろそろ、わたしは今のこの社会のあり方そのものにとてもとても傷ついているのだとちゃんと認めて向き合わないと、生きることそのものが危うくなってきている。自分の立場を考えるとひどく情けないと思いつつ、明日は式典には行けない気がする。
建物の外階段の踊り場と隣の家の屋根、そして沖縄の青空読谷村、トリイ通信施設の外周道路と張り巡らされたフェンス、そして沖縄の青空嘉手納町の道端に咲くアカバナー、そして沖縄の青空読谷村の「米軍上陸の碑」。「勿為沖縄戦場」(沖縄を戦場にしてはならない)と題された文章が記されている
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 06/06/2026
サンリオがどんな企業なのか、50年以上Kawaiiとともにどんなメッセージを発し続けてきたのか、わたしはほんとうにみんなに知ってほしいよ
サンリオ展終盤に展示された幕。「世界中がなかよく」というコメントと、サンリオキャラクターズが地球をぐるっと取り囲んでいるイラストが描かれているサンリオ展で展示されているいちご新聞の記事。「平和のためにできること、考えよう」と見出しが打たれているサンリオ展の展示キャプション。ハローキティのリボンの上に、サンリオの企業理念である「みんななかよく」と平和への思いが込められたメッセージが記載されているサンリオ展で展示されていたいちご新聞のアーカイブ。「5月3日は憲法記念日」というキャプションに続く記事の様子
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 06/06/2026
きょうは退勤後、六本木の森美術館へダッシュしてサンリオ展へ。自分が好きだったり安心したりこころが落ち着いたりする空間があることや、それを見つけられたということのよろこびと、それを作り出してくれたひとたちへの感謝を抱かずにはいられなかった。「みんななかよく」という、こんなにもシンプルなことばにわたしがたどり着くまで何年かかったか。サンリオキャラはみんなすてき。あといちご新聞のあゆみも感慨深い。昔の記事には抑圧的なものも散見されるけど(こういうことも2026年だから言えるわけで)、70年代に「女性は結婚がすべてじゃないし、こんなにかっこいい仕事もあるよ!」という記事を打ち出せたのはすごいとおもう
サンリオ展の入口に掲げられたアクリル製の看板1979年のいちご新聞の一部。「結婚だけが人生じゃない。自分の才能を広い社会の中でためしてみたい(…)どれがいいなんて決められない!」と書かれている2019年のいちご新聞。サンリオキャラとともにパステルカラーで「HEIWA」と書かれたボードが展示されており、その周囲に読者のメッセージが書かれているサンリオ展終盤の巨大ぬいぐるみ。2025年のサンリオキャラクター大賞で1位を取ったポムポムプリンが、チームプリンとともに賞状を持っている様子
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 21/10/2025
学会誌『女性・戦争・人権』24号に、「構造的不正義としての沖縄の状況とその是正に向けた責任及び連帯の構想」という論文を載せていただきました(副題を省略してもこのタイトルの長さ…)。精度はともかくとして、研究を通じて自分が考えたいこと、表現したいこと、もっと雑駁に言えばやりたいことというものを現時点の力量で表現したものにはなったと思っています。博論の一部にもするつもりです。ただ、経験やポジショナリティを考えた時、わたしなんかが書いていいテーマだったのか、書いていい文章だったのか、ということは構想段階からずっと悩んでいたし、世に出てしまった今でも思ってるし、たぶんずっと悩み続けるのだと思います。
雑誌『女性・戦争・人権』24号の表紙
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 08/06/2025
とても気持ちが重かったが、今回は半分仕事(今後お世話になるとある方へのご挨拶を兼ねており、旅費も出してもらった)なのと、会いたいひとや応援したいひともいる(わたしにとって学会はエンパワメントの場所なので…)ということもあって、いろんなイベントを蹴って寝不足なまま某学会へ。でも正直、昨年よりずっと安心できる場所だと感じた。井谷さんをはじめ、尽力してくださった方がいたからだとおもう。2枚目はワッペンになっているのだけど、これをつけて報告されている方(わたしの認識が正しければ実名ではオンライン署名などをされてない方)もいらした。みんなオフラインでやることをやっている。そのことに少し勇気づけられもした
立教大学、日本女性学会の会場を知らせる掲示。小さなレインボーフラッグが掲げられている2025年度日本女性学会大会で、有志が配布していた紙とワッペン。「トランスジェンダーの人権と尊厳を尊重する学術の場を求めます」というタイトルが付けられている
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 19/03/2025
免許を取って1ヶ月経った頃、山梨で運転の練習をした。自宅近くから運転したのではなく、始発の特急で甲府まで行き、現地でカーシェアの車を使った。車でほったらかし温泉に行くというのが免許を取る時のひとつの目標で、それを叶えた形になる。昼過ぎで練習を終えて、午後から夜まではなつかしの場所めぐりと山梨のビールめぐり。わたしが育った街からは甲府行き、小淵沢行き、松本行きなどの中央線の長距離電車が出ていて、高校の頃はそれらの電車が「ここではない場所」とわたしをつなぐ貴重な救いだった。歳を重ねるにつれて山梨にはいろんな縁ができたけどいつしかまた薄くなり、ご無沙汰だったいろんな記憶と感情に触れたひとときだった
ほったらかし温泉の駐車場ほったらかし温泉のソフトクリーム。巨峰と牛乳のミックス。遠くに雪を被った富士山がかすんで見える甲府のクラフトビール、Obina勝沼ぶどう郷駅から眺めた南アルプスの眺め。やや雲が多い
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 23/01/2025
沖縄のひとのことを書きながら、自分は北の果てにいる。幌延町では、下沼駅という1日あたりの利用者が0.2人、つまり5日に1人しか使われない駅で、深い夜霧のなか無音の空間にひとりたたずんだ。でも待合室は手入れがされていて、心温まる一画もありうれしくなった。人口600人の音威子府村では駅舎の中で知らない方の個展が開かれていて、終列車をひとり待つあいだそこで過ごした。自由に書けるノートには丁寧に応答が書かれていた。ひとのあたたかさ。厳しい生活の中で創作を続けてくれてありがとうと思わずにはいられなかった。きょうは稚内で泊まる。ここ数年この時期に来ている。今もまださみしさとあたたかさがわたしを生かしている
宗谷本線下沼駅。冬の装いをしたぬいぐるみたちが鉄道電話のボックスの上でにこにこと過ごしている宗谷本線音威子府駅。壁に絵画が提げられており、その手前に「休戦は温かいのか、冷たいのか、わからないから描いた。あなたはどうですか」と手書きで書かれた紙が天井から吊り下げられている音威子府村の道路終列車が到着した稚内駅。時計は0時過ぎを指している
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 27/12/2024
仕事納めしてからライブ納め。石垣島から結成16年目のきいやま商店。昨年は宜野湾コンベンションセンターでのモンパチがライブ納めだった。2年連続で沖縄のポップスを大団円に選んでいる。3缶空けたビールがなんでオリオンじゃないんだ(オリオンと合弁してるアサヒの生だった)と思いながら、ライブエイドでのフレディのMCというか掛け合い(エーオのやつ)をパロったひとときとか、昇龍国祭り太鼓とのセッションとか、最後の浪漫飛行(なんと原曲はわたしと同い年、、、)のカバーでのカチャーシーとか、笑い泣きに満ちた時間だった。来年は宮古・八重山にも行きたいな
KT ZEPP YOKOHAMAできいやま商店。ステージ上に掲げられた垂れ幕
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Hiroki YAMAGISHI @justkiddddding.bsky.social · 12/12/2024
札幌に着いたのが日付変わる直前でも、仕事で疲れていて行きたかったお店まで行くのがめんどくさくなっても、セイコーマートがあればわたしはいつでもオールオッケー。にしんの甘酢漬けかたらこがあればもう言うべきことはない。しかしポテトサラダとマカロニサラダを買ったはずなのになぜかスパゲッティサラダが2つ入っていたのがどうしても解せない。
セイコーマートの商品たち。玄米茶、カツ丼、にしんの甘酢漬け、スパゲッティサラダ。サッポロクラシックロング缶も写っている。
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