1938年の今日7月16日、政府のガソリン節減強化で、東京乗合バス(青バス)は、東京市内554台の全車両をガソリン車から木炭自動車に切り換えることを決めた。
日中戦争の拡大で石油は軍需最優先となっていた。5月からはガソリンの切符制が始まり、「ガソリンの一滴は血の一滴」なるスローガンも飛び出していた。
写真は木炭自動車(富山県のバス会社のもの。『躍進富山県』,1938年,国立国会図書館蔵より)。
木炭車はエンジンがかかりにくく、スピードも遅かった。坂道では立ち往生をして、乗客が車の後押しをすることもあったそうで、この頃の雑誌エッセイなどには木炭バスの悪口がちらほらと出てくる。