生成AIと言うのは料理で言えば出来合いの冷凍食品製造機みたいなもので調理道具にはならない。
絵や音楽でも一次アート、純粋アートとしてオンリーワンを表現する人には無用だし業務用商品や映画、アニメ、複合アートを作る人なら手頃な素材として重宝するだろう。著名監督系がAIを賛美するのはそれはもう末端の一職人でなく制作統合者になっているからだ。だから話が嚙み合わない。
どちらがいいという話ではない。
そう考えているから例の「ペンになる」という記事を読んで自分はちょっとお粗末に感じた。
ひな形はひな形であってペンにはなりえない、そう言える人はもう衰えて出来合いしか使えない人間なのかもしれない。