Sign in

潤(不用庵)

@extudes.bsky.social
35 followers 8 following 703 posts

昔の手紙を読みながら、ときどきお茶を飲んでます。

PostsRepliesMedia
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 4h
クルクル巻い古布を箪笥に収納。反物のようで、うっとりする眺め。スペースがすぐに埋まってしまうのが難点。 箪笥の木屑が布に付かないように、手紙を書いた時の反故紙を底に敷いた。後世に残って読まれてしまっても、たぶん恥ずかしい内容は書いていないはず……。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 6h
「縞と格子」をテーマにした、教草さんの古布と白井仁さんの染織の展示・販売。素敵な裂だらけで目移りしてしまう。 10月11日(日)まで、外苑前のTROLLYにて。12時〜18時(最終日は17時まで) 東京都港区南青山2-9-18 ACT青山ビル1B 外苑前駅4b出口から徒歩4分 trolley.vehicletokyo.com/shimagoushi/
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 06/10/2026
空を泳ぐ。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 04/10/2026
茶箱に着せる裂を選んでいたら、自分が着る服も欲しくなってきた。古い布も新しい服も好き。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 04/10/2026
ひとつの茶入にいくつもの仕覆が添われているのを美術館とかで見た時は、「どうしてこんなにあるの?」(ひとつあれば十分なのに…)と不思議に思ったけど、自分で裂を合わせはじめたらその理由がよく分かってきた。 身体はひとつでも色んな服を着てみたくなるように、お気に入りの物に似合いそうな裂を見かけたら何でも合わせたくなる。悩ましくもとても楽しい。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 01/10/2026
江戸博での近衛信尹の言上状、鬼気迫る圧巻の迫力だった。信尹生涯の書の中でも群を抜いてる。現物を間近で見られる日が来るとは思わなかった。 #豊臣兄弟
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 27/09/2026
連歌師 里村紹巴の手紙の断簡に、秀吉と秀長の名(殿下様/濃州様)が書かれていた。 秀吉が関白となり秀長が参議となる以前のため、大和国を与えられて間もない天正13年(1585)の筆ヵ。 秀長から奈良の神事について尋ねられたというので、秀長が興福寺に代わり開催した「春日若宮おん祭」の事だろうか。 #豊臣兄弟
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 23/09/2026
先日、昔の手紙についてお話しする際に持参した手紙。久々に目にして「やっぱり良い字だなあ」と感心した。 ただ筆跡が良いという理由で気になって、筆者不明だったためそれほど競らずに落札できた。 文面から、紫衣事件で玉室和尚が配流となった棚倉藩の藩主 内藤信照の手紙である事が判った。 歴史的にはほとんど知られていない人物だけれど、筆跡だけを頼りに面白い人物に遭遇できたことが何とも嬉しかった。 自分にとって昔の手紙について勉強する動機とは、やっぱり第一に筆跡の魅力を知る事にあるのだと、眺め返すたびに再確認させられる。 この感覚が自分の中での大切な「初心」かもしれない。
「妹を湯治へ連れてって」と頼む400年前の手紙。
020
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 20/09/2026
【茶話会のお知らせ】 床の間に消息を掛けたお茶会の後に、小堀遠州と松花堂昭乗の交友について、両者が互いに交わした手紙を読み解きながらお話します。 小堀遠州が松花堂昭乗へ宛てた手紙。 松花堂昭乗が小堀遠州へ宛てた手紙。 約400年前に二人が実際に送り合った手紙の現物を間近でご覧いただけます。 少人数でざっくばらんにおしゃべりする感じになりそうです。 --- 10月17日(土)13時~16時/離岸にて 会費7,000円/定員8名 東京都世田谷区経堂2-15-3-2 小田急線 経堂駅から徒歩5分 申込ページ tally.so/r/aQWBPX 離岸ホームページ rigan.jp
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 19/09/2026
江戸中期のくずし字の読みを頼まれ、あまり見慣れていない時代なので読めないと思ったけど、あれこれ調べてなんとか読み切れたので、まずは読もうと思って筆跡と向き合う事が大切なのだと改めて実感する。 自分の興味の範囲だけだと目にする時代が偏るので、人から頼まれると自分にとっての勉強の機会にもなる。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 18/09/2026
「野生のリヒター」と勝手に名付けて、通り掛かるたびに眺めていた看板。 広告が剥がされた跡がゲルハルト・リヒターの作品のように見えた。 何年も広告が付かずにいたけど、遂に看板が撤去されてしまっていた。 もったいなく無念に思う反面、その去り際の儚さも含めて美しかった。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 18/09/2026
インドネシア フローレス島の経絣のサロン(女性用の腰衣)。 市川陽子さんの漆皮箱にきっと合いそうだと、目に入った瞬間に直感した。 背景となる文化が異なっていても、不思議としっくりときた。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 17/09/2026
消息を持参して話をしてきた。今回は参加者が少なかったので、気軽に質問を挟んでもらえたので話しやすかった。やっぱり反応があると話してる方も安心する。 1時間半に収める予定が2時間以上掛かってしまったけど、「自分の好きな事しか話してなかったのでは?」というくらい気持ちが楽だった。 二ヶ月後に最後の回があるので、何を話せば楽しんでもらえるか考えなくては。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 16/09/2026
市川陽子さんの漆皮箱。小ぶりなサイズ感が愛らしい。 小服茶碗に見立てた湯呑の中に文琳形の茶入を入れたらら、ちょうど良く収まった。 手縫いの風呂敷も添えられて愛着が増してくる。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 14/09/2026
太田修嗣さんの茶器と片口。渋い洗い朱と明るい洗朱。それぞれ美しい。 これまで抹茶は自服するだけだったので、茶器が必要になる機会がなかったけれど、茶箱に合う茶器を考えはじめたら、興味の幅がぐっと広がってきた。 紙縒の編み目とヘギ目の凹凸から伝わってくる素材感がしっくりと合う。 銀座 日々にて9月16日(水)まで、太田修嗣さんの漆器展示が開催中。
011
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 13/09/2026
國學院大学博物館で展示されていた結城晴朝の書状が変わった形をしていて目を引いた。 折り目から想像するに、縦方向に三つ折りしてから、横方向に紙を巻いたように思えたけど、わざわざこの形に紙を切って送ったのだろうかと気になった。 (コンパクトに巻いた時に紙の厚さが出過ぎないようにするため?)
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 12/09/2026
お迎えした茶器と布を早速茶箱に合わせて愉しむ。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 12/09/2026
封神演義の「伏羲」(ふっき)の「羲」、「王羲之」の「ぎ」と同じ漢字だったんだ。王羲之の存在を知る以前から「羲」という漢字を目にしていた事に今まで気づかずにいた。30年来の発見。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 09/09/2026
重陽の節句(菊の節句)にちなみ、菊紋があしらわれた表具裂。後陽成天皇の皇子 近衛信尋の手紙。ゆったりと堂々とした書きぶりが特徴。
131
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 07/09/2026
茶箱に古渡更紗も合わせてみる。風呂敷によって印象がガラリと変わる。箱がシンプルなのでどの裂にも馴染みやすい。 風呂敷に合わせて道具を組んだら面白そうだけど、こだわり出したら果てがなさそうで恐ろしい。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 06/09/2026
茶箱用の風呂敷として求めた古裂。風呂敷にまで手を出すのはもっと先のつもりだったけど、出会ってしまったが何かの縁と思いお迎えする事に。 折良く色が合う浅葱の絹布もあったので、いずれ裏地を付けて仕立ててもらいたい。 茶箱を組もうと思うまで、古裂を風呂敷に使うという発想がなかったけど、去年 使い道を考えずに入手した古渡更紗があったことを思い出し、これもいずれ裏地を付けようと思った。 徐々に古裂の沼にズブズブと浸かり始めている。。。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 05/09/2026
昔の手紙を読む勉強会で発表。熊本藩主 細川忠利の手紙。亡くなる九ヶ月前、寛永17年(1640)、55歳の筆。 少人数の会だけど、この手紙を販売したお店の方が今日だけたまたま参加する珍事が発生。 自分だけ一方的に話をする場だと、きちんと説明できているのか不安になる。反省点とすべきフィードバックがないので手探り状態。 カメラに向かって語り掛ける配信者ってすごい、と素直に思う。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 05/09/2026
古裂のお店で小さな仕覆が目に留まる。手元にある文琳形の茶入の仕覆が傷んでいたので、ちょうど良さそうだと思い着せてみたら、わりと具合良く収まってくれた。 茶入に合う古裂はなかなか見つからないので、きちんと誂えるまでの仮衣装としたい。 湯呑にスッポリと収まると、お風呂に浸かっているみたいに見える。このまま小さな茶箱に組んでみたい。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 03/09/2026
菱田賢治さんの白銀彩の漆塗り片口。8年経ったらかなり渋く変化していた。
020
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 03/09/2026
粉引の湯呑に熱々の中国茶を注いで飲んでいたら、口縁に出ていた染みが消えてしまいショック……。 「味わい深く育ってほしい」と思う一方で、ある程度育ったら「これ以上は変わらないでほしい」と願ってしまう我がままな気持ちを諌められたような気分になる。 いま見せている表情はいましか見れないものだと思って、日々移ろう景色を楽しんでいきたい。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 01/09/2026
茶箱に合わせるのに、十年ほど前に作った茶杓と竹筒を整理。それぞれ別々に仕舞ってあったので、どの茶杓をどの筒に合わせるのかわからなくなる。 竹筒はフタをピッタリに作るのがとにかく難しいので、フタがないままの筒も出てきた。 茶杓づくりは根気と集中力が要る作業なので、いまの自分にはここまで作れそうにない。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 30/08/2026
茶箱組み、あれこれ試すだけで楽しい。 仕覆がないお茶碗は風呂敷で包んで。 8年前に作った茶杓筒がようやく活躍できそうで嬉しい。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 29/08/2026
朽ちゆく美
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 26/08/2026
李朝と南蛮の取り合わせ。 武末日臣さんの三嶋皿にカステラを載せて、梶原靖元さんの雲岱里(ウンデリ)粉引茶碗で一服。お盆は佃眞吾さん。 お茶碗の桐箱には、書の反故紙が掛けられていた。これは嬉しいナイスアイデア。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 25/08/2026
全く読み方が分からず参っていた くずし字。「無沙汰」だと ふと気づいた。 松花堂昭乗は「沙汰」という字を独特の書き方をするのを思い出した。元の字の原形をほとんど留めていない。読めてスッキリ。深夜のヘウレーカ。
030
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 21/08/2026
4時間掛けて石水博物館へ。藤堂高虎の自筆の書状が非常に良い筆跡だった。 細川忠興の筆跡ともよく似た筆致で、この時代の武家特有の筆遣いなのだと確認できた。 (画像3が忠興の筆跡。展示品ではない) 紙の継ぎ目をまたいで墨が付いていたため、予め継いだ紙が使われてた事が分かり、継ぎ紙の使用例としても興味深かった。
011
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 13/08/2026
読むのに手こずった くずし字。 「巻」、「難去」(去りがたし)、「霖雨」、「掛錫」(かしゃく) いくら勉強しても、パッと読めない字が次々に出てくる。 (「巻」がこんな書き方もするとは今まで知らなかった)
021
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 12/08/2026
骨董品の販売会で小堀遠州の手紙をじっと見て読んでいたら、出店者の方と思いがけず話が盛り上がる。 あえて解説を掲げずに、興味を持つお客さんが来るかどうか待っていたというので、太公望の釣り針にかかった姫昌のような気分だった。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 09/08/2026
小堀遠州の花押は何十種類もあるので、気分によって書いていたとも言われるけど、執筆年ごとに並べると、同じ年には似た形の花押を書いていた事がわかり、微妙な変化の過程が追える。 上の3つの花押は年次未詳だけど、形が似ているため近い時期に書かれたものかもしれない。 遠州の花押は、形から執筆年を推定する事はできないと思われてきたけど、丹念にデータを集めれば、おおよその推定に繋げられそうだと分かってきた。 地味で地道だけど、意外な発見がある作業。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 08/08/2026
虫食いだらけのボロボロの手紙。手紙を書いた人の署名も、手紙を宛てた相手の名前も書かれていなかったけど、寛永9年(1632)に茶人の小堀遠州が、石清水八幡宮の松花堂昭乗へ宛てた手紙だと分かった。 琵琶湖の芦浦観音寺の住職と共にお茶を振る舞われたことへのお礼状で、松花堂の茶会記と手紙の内容が一致した。 手紙は定家様で書かれ、「昨日は終日ゆるゆると遊び、神前の花を見ていたら東海道での疲れを忘れました」とある。 お茶会の記録に手紙の証言が加わることで、当時の情景がより現実味を伴って感じられてくる。 いまから396年前、小堀遠州54歳の筆跡。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 06/08/2026
大きく虫に食われた小堀遠州の手紙。文脈からどうにか読み方を推測できた。 「発句も」に続く言葉として「案じ候」を思いつき、「宗以」という人名から、遠州と交流があった茶師の「星野宗以」のことだと分かった。 「あ」や「ほ」は、文字の形だけでは全く読めそうになかった。 くずし字を読む際は、文字の形からだけでなく、言葉の流れからも読み方を判断している事を示す好例。
120
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 01/08/2026
「天幕のジャードゥーガル」第6話。 藤原定家の日記『明月記』でも記録されていた赤いオーロラ。1204年2月21日(建仁4年1月19日)の出来事。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 31/07/2026
7年前に投稿した写真。くずし字がニョロニョロの線にしか見えなかったころ。まるでゴンさんに見えた字。
021
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 28/07/2026
寛永13年(1636)の烏丸光広の手紙。武家と思われる相手から、2日前に江戸城で朝鮮通信使が徳川家光に拝謁した際の報告を受け、その様子を詠んだ和歌が送られてきた事から、光広からも返歌を手紙に書いて送っている。 『徳川実紀』によれば、将軍の御前で朝鮮通信使に祝盃が授けられ、大沢基重・井伊直滋・吉良義冬らが務めている。 光広の手紙は宛所が欠けてたけど、相手から「深雪盃」の儀について報告を受けたようなので、祝杯を担当した誰かへ宛てた手紙だったのかも。 光広は様々な武家に和歌の指導をしてたため、相手の武家も光広に和歌で報告しようとしたのだろうか。手紙は、光広にしてはかなり畏まった筆跡をしている。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 26/07/2026
極札が包紙ごと虫に食われて首の皮一枚で繋がっていた。古筆了意による寛政12年(1800)の極。 もうひとつ無傷の極札も同じ軸箱に入っていて、そちらは大倉好斎による文政5年(1822)の極だったので、その22年の間に虫に食われたのかも。
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 26/07/2026
届いた掛軸を広げて筆跡が目に入る瞬間、現物からしか得られない味わいがあると実感する。 烏丸光広の390年前(寛永13年)の手紙。
110
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 24/07/2026
烏丸光広の手紙に、寛永13年(1636)12月13日に江戸城へ登城した朝鮮通信使についての和歌が書き記されていた。(画像の4〜5行目) 「こま人もはこびかさねて御調物 つもるが雪のやまとしまねハ」 光広の歌集『黄葉和歌集』には同じ状況で詠まれた和歌が収録されていて、手紙に書かれていたのはその詠草だとわかった。 歌集に収録された和歌は、詠草とは全く別の歌になっていた。 「寛永十三年、夏 江戸に侍て、 高麗の使 来朝しけるに会て 雪もいま見るや高麗人(こまびと)日の本や もろこしまでの不二の高根に」 推敲前の詠草と完成後の和歌を比較できる例は珍しいので興味深く思えた。
141
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 22/07/2026
渋谷でポムポムプリンが一本釣りされていた。
011
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 22/07/2026
「猛暑日に着物で出掛ける」実績解除。 去年11月に古民藝もりたで見つけた網代格子の着物をようやく着られた。 麻の着物に科布の帯でも背中に汗がしたたる。
100
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 18/07/2026
豊臣秀頼の右筆で、大坂の陣後に伊達政宗に仕えた和久半左衛門尉(1578‐1638)の手紙。近衛信尹に書を学んでいたので三藐院流の特徴が顕著に現れている。 「ご用がなければ今夜はお話できませんか。ご飯は食べましたか。私はまだです。まだならお待ちしてます。用事があれば大丈夫です」と夕食に誘う手紙。 重い字とは裏腹に軽い文面。同僚の伊達家の家臣宛てだろうか。 簡潔な短文ながら、いかにも三藐院流らしい筆跡で見応えがある。 返し書きと本文の間に紙の継ぎ目があるため、冒頭の1~2行が断たれているかもしれない。良い字なだけにもったいない。
031
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 17/07/2026
金沢文庫での展示。仏像の中から出てきた鎌倉時代の古文書がふんだんに展示されていた。 女性の仮名消息がとりわけ良かった。この時代の筆跡だからこそ味わえる迫力に思わず魅入られる。 金沢文庫は鎌倉時代の書状が当たり前のように展示されているので、いつ来てもなんとも贅沢に感じる。 展示は明後日、7月19日(日)まで。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 14/07/2026
梶原靖元さんが韓国 雲垈里(ウンデリ)の岩で作った粉引茶碗。 経堂のギャラリー離岸で見掛けて思わず目を奪われた。まさに李朝の趣で、心にしっくりと来るものを感じて購入させて頂くことに。 離岸では7月18日(土)から7月26日(日)まで梶原靖元さんの書の展示が開催。(水曜日、木曜日は休店)
000
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 11/07/2026
東京美術倶楽部での東京アンティークフェアの会場で、閉会を知らせるアナウンスと同時に、向かいのお店で立ち話をしていた人たちが拍手をし合っていたので、コミケみたいな作法があるのかと思って吊られて自分も拍手したら、向かいの人たちは会話の流れで手を叩いていただけだった。
010
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 11/07/2026
杉本博司展に出ていた地獄草紙の詞書(伝 寂蓮)、写経と同じく一行十七文字だったので、何か意味があるのか気になった。 そして、2行目の下から5〜6文字目に「とん」と書いて「とも」と読む書き方があったので思わず注目した。
020
潤(不用庵) @extudes.bsky.social · 11/07/2026
東美から近美、新橋から竹橋へ。 石垣とビル群の組み合わせは、江戸と東京が隣り合わせのようで、こういうギャップのある景色は東京都心ならではのように感じる。
020