たかせりえ/高瀬理恵 @kugesamurieta.bsky.social · 30/07/2026「三輪源八郎」は 山田浅右衛門六代吉昌先生がまだ浅右衛門を継ぐ前のお名前。 ちなみに五代吉睦(よしむね)から「朝右衛門」を使うようになった。 これは吉睦が若くて中々幕閣関係各所から家督相続の許可が出なくて、しかしその間にも諸所から試刀の依頼は来るしで、窮余の策でとりあえず同音異字の「朝」の字を使って凌いでたらしいのですが、その後流れで六代も「朝」を使用。 でも世間一般では「浅右衛門」が浸透してたのでそれで通っていたそうです。 192
たかせりえ/高瀬理恵 @kugesamurieta.bsky.social · 30/07/2026さらにちなみに五代吉睦は「よしむつ」とルビ振られてる著作物もあるが篠田鉱造のインタビュー集「明治百話」では八代(通称)浅右衛門吉亮が五代を「よしむね」と呼んでいてこれに従って綱淵謙譲、牧秀彦などは「よしむね」のルビを使っている。 『天稟』もこちらの篠田鉱造取材記に準じました。 092