西ヨーロッパの資本主義の発展において、「賎業」とされた銀行や金貸しを多数派ではなくユダヤ教徒の身上に放り投げてきた結果が14世紀のストラスブールのポグロムとそれに続くドイツや東欧へのユダヤ教徒の移動だと思いますが、「よそ者だけが暴利を貪っている」という代わり映えのない偏見の基本形がすでに完成されていることについては見上げたものだと思います。
こういった類の偏見からは色々な教訓が引き出しえますが、僕が注目したいのは「どのような考え方をしていると危険な兆候があるか」ということで、しかしどうも自分のような捉え方をする人間は変わり者らしいことをだんだん理解して来ました。