すぐ影響されてしまうもので有名な政党の訳は「民族社会主義」もありかなと思っています。„Deutsche Herrschaft“でSabine Rutarが担当した「ユーゴスラヴィア」だとnationalが「民族」で使われているように思える箇所が何個かありました。スペイン内戦で国粋派のnacionalは「同族」の含意が強いらしく似た現象かもしれません。
Κ畑先生は「国家社会主義」を拒絶しておられなかったが、『「第三帝国」以前の「第三の国」』の最後で、日本の訳語で「国家社会主義」が多いのは戦後に「国民」に肯定的なものを感じ強権的な「国家」を強調しようという向きがあったのではないかとの指摘があった。