どうして祭りを続けられないかは、番組を見たらよく理解できた。檀家の信仰の堅持が形をなしたものが黒石寺の蘇民祭だ、ということなのだ。強い信仰心の表れとしての厳格な儀式や作法を継承することができなければ、祭りはない。黒石寺と檀家にとって祭りは、魂をなくしても作り続けるべき容れ物ではない。祭られる神仏への信仰心なしに、どうして祭りができるというのか?
宗教の存在感が薄い現在日本社会の祭礼、特に観光化し多くの人を集めるようになったお祭りにとって、これは厳しい問いだ。
でも、祭りが絶えることを惜しむ人たち、継続を望む人たちが周りにたくさんいることも分かった。